第三十六話「間宮悠介」
鉄格子の向こう側に間宮がいる。
先ほどと同様、鉄格子の鍵を開け、俺達は中へと踏み込んだ。
暗く俯いていた間宮がそっと顔をあげた。
「これはどうも……先日の王子様ですね」
抑揚のない平坦な言葉が返ってきた。
ウルベルトが凄みそうになったのを、俺は軽く制した。
今の俺は常に真顔である。
「実は君に聞きたいことがある」
「私が知ってることなら、何でも話しますよ」
そう言って間宮は口元を緩ませる。
まずは、シメオンはどのように彼らに命令したのかを尋ねてみた。
「王子は魔逢星のことはご存知ですよね?」
知っていると返事した。
すると、間宮は淡々と答えてくれた。
「法王庁は、各地に点在する魔を宿す者達を恐れているのですよ」
伝説によれば、魔逢星が襲来することにより、体内に魔を宿す者達は、魔素が活性化され、邪心の支配下となり魔神と化すと言う。
つまり法王庁は、魔逢星襲来よりも事前に魔を宿す者達を、駆逐しようとの考えのようだ。
「でも、竜王様は違うだろ?」
「私もそう思ったのですが……、違わないとも言えない。それが法王庁の見解ですよ。これから法王庁は掃討作戦にでると睨んです。それはあくまでも私、個人の推測ですが」
元の世界でも似たような事例はある。
法王庁は世界の秩序の崩壊を恐れて『魔女狩り』たらぬ『魔族狩り』をしようとしているようだ。
とは言え、王国が招いた賓客に襲いかかるなど本末転倒である。
ドロシーは魔族と言う理由だけで、辛い思いをしてきたという。
この世界での魔族は人里離れた場所で、ひっそりと暮らしている。
竜王様にしろ、魔族にしろ、少なからず人族から蔑まれ、恐れられている。
未来の俺はドロシーを嫁として迎え入れている。
もしや、それが要因となって、俺や家族は惨殺されたのだろうか。
だとしたら、郷田が死んだと言うだけで未来が大きく変化した気はしない。
郷田が死んでも第二の郷田が生まれそうだからだ。
勿論、死んだ郷田が復活すると言う意味ではない。
新たに郷田の役割を演じる者が、現れる可能性を危惧するのだ。
メアリーもウルベルトも間宮の話に聞き入っていた。
特にメアリーは困惑し、戸惑いの表情を見せていた。
そこまで間宮は話すと、唇をほころばせ、爽やかに言った。
「ルーシェリア王子に、お願いがあります」
願いとは何だろうか。
こんな状況で間宮は俺に、何を頼もうとするのだろうか。
「私と清家雫の罪を、許して貰えませんか?」
そして間宮は言葉を切ることなく、更に淡々と話を続ける。
間宮の話を聞けば聞くほど、ウルベルトですら困った表情を見せた。
元々、竜王襲撃に関しては間宮も清家も反対したらしい。
そして竜王にトドメを刺そうとした郷田に、ドロシーが命乞いをしたそうだ。
そのドロシーを身を呈して庇ったのが清家らしい。
そして郷田を抑えたのが、間宮自身だと言う。
彼らは彼らなりに状況を踏まえ行動に出ていたと言う事だ。
だが、間宮と清家の裁断をしたのは法王庁だ。
法王庁の立場としては竜王を見逃した、間宮と清家の罪は重い。
が、
……そもそもこの国の権力構造に問題があるのだ。
国王よりも強い権力を持つ王位継承権第二位のオースティン公爵。
しかも、そのオースティン公爵の腹心が軍事を掌握している。
更に、この国の通貨発行権を掌握しているオースティン公爵は、政治までもが思うがままだ。
実質、この国の最高権力者は、オースティン公爵だと見て間違いないだろう。
間宮が静かに俺の返答を待っている。
国王ですらオースティン公爵や法王庁の意向は無視できない。
俺にどう答えろと言うのだ。
逃がしてやるのは簡単だ。
だが、それはできない。
両親どころか、王様にまで迷惑をかけることになる。
俺も粛清されるだろう。
メアリーだって無事でいられないと思う。
ならば俺の魔術でこの国ごと粛清してやるか?
なんて考えも脳裏に過ぎったが、その考えはあまりにも子どもじみている。
どうしたものだろうか。
メアリーとウルベルトをチラッと見た。
心情的には間宮よりになってるのが窺える。
ここは思ったことを素直に伝えておこう。
「助けてあげたいと思う。できる限りの尽力はする。でも……僕とてこの国の一王子でしかない。だから、決して期待はしないでいてほしい」
間宮にそう伝え、俺達は牢獄を後にした。
シメオンを毒殺したのは誰なのだろうか。
そこがハッキリすれば、事件の全容が明らかになる可能性はある。
だが、残念なことに、二人は何も知らなかった。
突然、呻き声が聞こえ、絶命したと。
それ以後、間宮も清家も食事が喉に通らないらしい。
二人は衰弱しきっている。
助けるにしても、どうやって助ける?
法王庁に出向き陳情でもするのか?
無駄である。
答えは目に見えている。
処刑の日時は、まだ決定されてない。
時間はある。
それまでに何か妙案が浮かべばよいのだが――――。
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