第二十八話「小さき魔術師ドロシー」

「ここが竜王の住む城なんだなぁ」

「素敵なお城ですね」


 遊覧飛行を楽しんだ俺達は、竜王の城から少し離れた場所に降り立った。

 そして丘陵に聳え立つ竜王の城を眺め見た。

 禍々しい魔城をイメージしていたのだが。

 魔城とは似つかわしい、白亜の大理石で建造されていた。

 城と言うよりも宮殿で、丘陵の崖っぷちのような場所に聳え立ち、湖畔が城を揺らめかせていた。

 夕焼けに染まる城は実に神秘的でありロマンを感じる。


「行ってみようか」

「はいっ!」


 メアリーがにっこり微笑むと、俺の手を優しく握った。

 瑞々しくも、ふっくらとした柔らかい感触が伝わってくる。

 デートだと錯覚してしまいそうだ。

 前世の俺はデートなんて経験したことはなかった。

 道行くカップルを見かけても、心の中で悪態をつくのが精々だった。


 メアリーに手をひかれながらも、俺は幾度となく彼女の顔を見上げた。

 幼さを感じさせる顔立ちであるものの、いざって時の覚悟の強さを感じさせる。

 もし、俺の身に危険が及んだら彼女は命がけで俺を守るだろう。

 そんな意思の強さも感じられた。

 将来きっと、良いお嫁さんになる。

 ふと、そんなことを思った瞬間、俺の中になんともいえない複雑な気持ちが芽生えた。


 思わず、ふるふると首をふった。


 独占欲なんだろうか。

 彼女が他の男と仲良くしてることを想像したら、気持ちがもやもやしてくる。

 俺は7歳、彼女は16歳。

 歳の差は9歳か。

 歩きながらも無意識に俺は、そんな計算をしていた。

 そして俺はマリーが話してくれたことを思い返した。


 俺はこの世界で三人の妻を娶るのだ。

 その一人がドロシー。

 それは間違いない。

 未来から来たドロシー本人が俺にそう語ったのだ。

 後の二人は、誰なんだろうか?

 たしか……あの日、マリーは……。


『私のママに聖女ママに魔法ママだよ』


 ――そう言っていた。

 魔法ママは間違いなくドロシーのことだろう。

 じゃあ、後の二人は誰なのだろう。


 そこまで考えを巡らせ、ハッとした。

 メアリーとマリーって髪色が同じだ。

 少なくともマリーはドロシーの子ではない。

 それはマリー本人が、そう語っていたのだから。


 再度、そっとメアリーを見た。


「ルーシェ様、どうかされましたか?」

「ううん……」


 面影を見た。

 メアリーの中にマリーを見たような気がした。

 

 とまあ、考えてみたものの。

 人は時として都合の良い方向に思考が流れがちだ。

 でも、意識すればするほど、 切ない気持ちが込み上げてくる。

 これはトキメキなんだろうか?


 もしかして、精神年齢29歳の俺が、16歳の少女に恋をしたのか?

 ふふ、まさかな。

 とは、思いつつも否定しきれない自分がいた。


「お城は目前ですよ」


 ここまで不思議と、誰ともすれ違うことがなかった。

 俺は前世の某ゲームのような魔王的な竜王を想像し、魔城では多くの魔物達が勇者を待ち構えている。

 そんなイメージを膨らませていたのだが。


 どうやら魔物のドラゴンとはちょっと違うらしい。

 普段は人の姿で生活し、人として暮らしてるそうだ。

 変身能力はあっても、滅多なことでは変身もしないらしい。


 つまり郷田の襲撃は滅多なことだったと言う事だ。

 変身しなければ太刀打ちできなかった。

 そう言う事だろう。

 

 その郷田を俺は難なくねじ伏せた。

 あまり自覚してなかったが、俺ってかなり強いのではないのだろうか。

 ああ、いかん。

 自惚れは身を滅ぼすと聞く。

 ここは謙虚に。

 俺が強いのではない。

 お前らが弱いってことにしておこう。

 

 しかし、城の入口まできても、誰にも不審者として見咎めがられることもない。

 そもそも誰ともすれ違うこともない。

 誰とも会う事もなく俺とメアリーは、坂道を歩き竜王の城の門前まで辿り着いた。

 ――――その時。

 どこからともなく声が流れてきた。


「あなた方は旅人なのでしょうか?」


 城壁の上に人影がある。


 しかし夕日の逆光で黒い影となり、よく見えない。

 見えないが、聞き覚えのある声。

 

 突如、俺の中に熱い感情が込みあがってきた。

 目頭が熱くなる。涙が零れそうだ。


 ほんの数十分しか言葉を交わしたことがないのに――――

 なんて懐かしく、俺は感じているのだろうか。

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