第十七話「予兆」
郷田だ。
テーブルの向い側に座ってる郷田が話しかけてきた。
郷田は俺とフィルを交互に見る。
そして郷田の視線はフィルを捉えた。
「低文明のクソ不便な世界によくも召喚してくれたよな」
「な、なんだとっ!」
10歳のフィルの顔が瞬時に激怒で赤くなる。
「おっと、クソガキそんなにいきり立つな。責めてる訳じゃねーんだぜ」
「ちょ、ちょっと……郷田君」
郷田の失礼極まりない言葉に隣の清家雫が戸惑う。
しかし郷田はフィルを更に挑発するかのように言葉を続ける。
「俺様は感謝してるんだぜ! だが、お前も感謝しろよ。王族であろうがなかろうが、俺様がいなければこの世界そのものが滅びるんだ。国が滅びたら王族もクソもねぇだろ? 救ってやるんだ。今後、俺様に舐めた口を吐くんじゃねーぞ」
郷田の言葉に隣に座っていた骨山がケラケラと笑う。
「そうだぞー! 郷田君の言う通りだぞ!」
骨山は相変わらず腰ぎんちゃく野郎だ。
フィルはギリギリと歯を食いしばり、堪えている。
だが、怒りはいつ爆発してもおかしくない。
「あなた達っ! フィリップ王子に対して失礼すぎます! 王族をなんと心得てるんですか!」
フィルより先にメアリーがキレた。
郷田と骨山の視線が瞬時にメアリーに移る。
「なかなかの上玉じゃねーか」
郷田が下品な口調でメアリーを舐めまわすように見た。
「どうだ食事の後、俺様の部屋にでもこねぇか? 勇者の俺様が、直々に可愛がってやるぜ」
「私のことはともかく、あなたの発言は不敬罪にも程がありますっ!」
メアリーは立ち上り両手でテーブルを叩く。
食器が振動で震えた。
そして鋭い視線で郷田を睨んだ。
「おいおい、今夜は無礼講だろ? いいのか勇者の俺様にそんな態度とってよ? 別に世界を救ってやらなくたっていいんだぜ」
郷田の言葉に骨山が続く。
「そうだぞ! 郷田君は、さっきだって竜王をボコボコにしてきたんだ!」
な、なんだって?
一瞬、耳を疑う。
ここまで俺は敢えて口を挟まず静観してた。
別にビビってる訳ではない。
フィルもメアリーも感情が先走ってる。
冷静な者もこの場に必要だと感じたからだ。
しかし……竜王をボコった?
聞き捨てならぬ言葉であった。
「竜王だって?」
「ああそうさ、竜王すら郷田君には勝てなかったのさ」
骨山が我がことのように自慢げに語る。
郷田はニヤニヤしながら骨山の言葉に耳を傾けている。
「まあ、さすがの俺様も竜王がドラゴンに変身した時はビビったけどよ! それでもちょろかったよな。あ、そうだ……あのチビの魔術師なんて名だっけ? 土下座しながら竜王の命乞いしてたよな。まったく笑ちゃうぜ!」
チビの魔術師って……まさかドロシーのことなのか?
「おしっこちびって震えてたよね郷田くん」
「ああ、俺様に立てつくから、ああなるんだよ」
郷田と骨山が顔を見合わせ高笑いした。
俺の怒りの沸点も限界を超えた。
こいつらは許せない。
ぶっ潰してやる!
そう思った瞬間。
俺よりも先に隣のフィルが大声で叫んだ。
「決闘だ! ミッドガル第一王子、フィリップ・アレクサンダー・シュトラウスは貴様に正式に決闘を申し込む!」
周囲の大人達もフィルの大声に反応した。
まあ、10歳の子供の戯言だ。
大事には至らない。
ところが……。
「皆の者! 今の言葉を聞きましたかな? フィリップ王子が郷田殿に正式に決闘を申し込まれた。決闘は明日の正午とする!」
そう発言した男は白い法衣を纏ってる初老の男。
はあ……?
シメオンのおっさん何言ってんの?
俺は唖然としながら郷田の後ろに立つシメオンを見つめた。
途端、場が騒然をなる。
何かの冗談なのだろうか?
すぐさま、俺の親父が駆けつけてきた。
「バ、バカを申すでない! シメオン殿!」
親父がシメオンに鋭い眼光を飛ばす。
その直後、郷田が言った。
「バカ王子、受けてやるよ。正式な決闘だ! 死んでも俺様を恨むなよ」
これはただ事ではない。
フィルはミッドガル王国の王位継承権第一位だ。
将来この国を背負う男なのだ。
決闘なんてありえないだろう。
王様も焦って駆けつけてきた。
そしてフィルを叱咤する。
「フィリップっ! バカを申すなっ!」
「父上は僕が負けるとでも?」
「勝ち負けの問題ではない。そなたが怪我でもしたらこの国の行く末はどうなるのだ!」
「心配には及びません、僕とて名だたる師匠の弟子なのです」
パンパンパン!
誰かが拍手をした。
デブのオッサンだ。
えっとたしか……親父の兄でもあり俺の伯父でもあるオースティン公爵だ。
「さすがはフィリップ王子である。皆の者っ! 勇敢たるフィリップ王子を讃えるのだ」
この大広間には元クラスメートを始め200人以上はいる。
その数の半数以上がフィルに盛大な拍手を贈った。
とんだ茶番だ。
オースティン公爵は口元をニヤリとすると、身を翻し去っていく。
この国では10歳以上から成人と見做され、決闘を申し込むことができると言うのだ。
明日、フィルと郷田が決闘することが決定してしまった。
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