第11話 ニヤける

「……」

「え? マジで?」

「うるさい、もういいでしょ」

 そう、はじめてだった。類との関係はそういうことは一切なくて、微妙な関係だったんだ。拒否されるわけでもなかったかわりに、付き合ってると言い切れるものでもなかった。類はワザとそうしていたんだろうか。私がいつか類について気にする日が来るとでも思ったんだろうか。今となっては真相はわからないけど。

「もうよくはない」

 と、拓海は今度は教室に向かおうとした私を両肩に手を置いて、向かい合わせにして、もう一度キスをした。??? もう訳がわからない。なぜもう一度キスをするんだよ!

「なんで、もう一度するの!?」

「え? はじめいてのキスが中途半端なキスだったから悪いと思って」

 悪いと思うならはじめから人にキスするな!

「気がすんだ? もういい加減にしてよ」

 教室に戻ろうとする私の腕を拓海は、掴んでいる。恥ずかしくてまともに顔が見れないのに!

「ダメ。付き合ったんだから、ギリギリまで一緒にいないとダメだろ」

 どこのくだりで付き合ったんだ。あ、私……返事したか。

「えー」

「えー。じゃない。しっかりしてくれよ。下手にバレると、同居もバレるぞ」

「ああ、うん」

 同居がバレるのはマズイ。一番の理由は拓海の事情だし。私が一番に知りたいけど拓海本人に聞くに聞けない。うちに来たみんなもそうだった。大半は事情なんてなにも知らないまま別れた。ほとんどが小学生だったから、本人自身もどういう事情で、うちに来ているかなんて知らなかったんだろうけど。


 類も私が告白するまで、類の事情なんて私は知らなかった。私の類が好きだという告白で類に言われたんだ。『俺の母さんが父親を殺そうとしたんだ』と。類のお母さんは、父親から逃げていたのに見つかって、類を守ろうとしてそうなってしまったんだそうだ。だけど、類はそれを負い目に思っていた。そういう父親と殺人を犯しかけた母親、その子供である自分を。

 父親の親戚も母親の親戚もどちらも類を引き取ると名乗りでなかった。お互い憎み合う関係になっていたから、そのどちらの血も受け継ぐ類を引き取る気には、ならなかったんだろう。それはさらに、類を傷つける事実になったんだろうけど。類は自分で生きていくことを選んだ。仕方なしにではなく自分の意思でと。


 そういう話をして突き放した類に、私はすがりついた。泣いて一緒にいたいんだと言った。類はわかってくれたのか、ただのワガママな小娘の相手を同居中はするしかないと思ったのか、拒否するでもなく、かと言って付き合ってるでもない関係が二週間続いて、類は出て行った。そして、一切連絡してくれなくなった。それだけで、類の気持ち……分かり切った事だったのに、受け入れられなかった。バカな小娘な私。


 拓海の事情なんて聞けるわけない。今まで誰にも聞いたことないんだから。本人が自分で語りだすまでは。

「樹里? どうした?」

「んー。なんにも」

「そういや、指の傷どうなってる?」

「あ! あのままだった」

 昨日は母に長々と怒られてそのまま時間がなかったし、今朝はそれどころじゃなかったし。そのまま忘れてた。

「えー。ヤバイんじゃない? 次の休みにでもガーゼ替えとかないと」

「あー、今からじゃ授業はじまるかな?」

 と、言った途端にチャイムが鳴り響く。

「じゃあ、樹里。次の時間に行こっか」

「ああ、うん」

 どうせほとんど向かう道は同じ。階も一緒でクラスが違うだけなんだから。拓海と学校の中を歩いている。ふーん。なんか新鮮だな。こういうの。

「なに、にやけてるんだよ」

「にやけてない」

「ふーん」

「ふーん」

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