春⑦

 クレープ屋さんはいつも通りそこそこ並んでいたので、先に食べる場所を確保しとけと相葉に言われて、公園のベンチに腰掛けている状態だ。ちなみに味は、相葉が適当に選んでくれるそうな。いったい何を選んでくるのか。実は少しワクワクしていたりする。

 周囲では子供たちが砂遊びをして遊んでいる。小さかった砂の丘が段々と砂の山になっていく様子を何の気なしに見ていると、おい、と声をかけられる。顔を上げると、二つのクレープを持った相葉がいた。

「ん」

「あ、ありがとう」

 相葉から受け取ったクレープからは、少し芳ばしい香りがする。

「これは、何?」

「カプチーノナッツクリーム、だったはず。お前、よくブラックコーヒーかカプチーノ頼むだろ? だから、これとか好きそうだなと思って」

 一口かじってみる。カプチーノの味の冷たいアイスと、砕いたナッツの欠片が入った滑らかなクリームが混ざり合う。先に来る苦さと、あとから来る優しい甘さがとてもいい。

「美味しい……。ありがとう」

 見上げて微笑むと、目をそらされる。

「ちょっと、なんでそらしたの」

「別になんでもいいだろ」

「よくない。というか、相葉は何を買ったの?」

「チョコバナナカスタード。……おい、なんで笑うんだよ」

「わ、笑ってなんか、ふふ、ない、よ?」

「笑ってんじゃねーか!」

 バナナと相葉。とてもお似合いだから、しょうがないでしょ。なんて言ったらきっと怒りだすので黙っておく。

 そのあとも他愛のない会話が続き、気が付けば私たちはクレープを食べ終えていた。

「園田さんに明日会ったら、お礼言わないと」

「だな」

 呟くように言って、そういえば園田さんの告白に対する相葉の返事を聞いていないことに気が付く。園田さんの言葉通りなら、相葉は彼女を振ったのだろう。

「相葉はさ」

「ん?」

 相葉がこちらを見るのを感じながら、私は手の中にある折りたたんだクレープの包み紙を見つめる。

「園田さんと付き合おうとか、そういうのはチラッとでも考えたりしなかったの?」

「……」

 沈黙。恐る恐る視線を相葉へ向けると、私と同じように手元に残っている包み紙を見ている。不意に相葉の口が動く。

「園田のこと、そういう風に見れないし」

「どうして? 園田さん、性格はともかく、可愛いし、頭もいいし、きっと教え方も私より――」

「俺は片桐がいい」

 思わず言い募る私の言葉を遮るように、相葉が言葉を発する。その声はとても真面目な響きで、私の胸に音を立ててそわそわとしたなにかを積もらせる。

「え、それって……」

「あ! あーっと、アレだ。勉強教わるのなら、片桐のほうがいいってこと!」

「あ、ああ、そういう……」

 期待して損した。……何を期待してるの、私。

 どうせ、相葉はそんな風には私のことを見ていない。さっきよりも頭が重くなった気がして、深く俯いてしまう。

「なんでしょげるんだよ」

「しょげてない」

 唇を尖らせて答える。

「しょげてんじゃん」

「……しょげてたとしても、相葉には関係あるけどないもん」

 ああ、絶対今の私、めんどくさい。

「どっちだよ」

「どっちでもいいでしょ」

 そのまま、再び沈黙が落ちる。しばらくして、ズシッと重みのあるものが私の頭に乗った。この重さを知ってる。そのままそれは、少し乱暴とも言える動きで髪の毛を乱すように私の頭を撫でていく。

「ちょっ、相葉――」

「俺は……」

 静かな声。私は口を閉じて続きを待つ。

「俺は……。俺がずっとそばにいたいって思うのは、片桐だけだから」

 ゆっくり、胸に温かくしみこんでいく言葉。

 顔をあげようとしたら、そのまま相葉の胸に押し付けられてしまう。耳からは、私と同じか、それ以上に早くテンポを刻む音。その音に、言うなら今しかない、と背中を押された気がした。

「相葉」

 私はその態勢のまま、相葉の身体にもたれかかる。驚いたように相葉の身体が強張ったが、それも本当に一瞬のことですぐに受け入れてくれる。

「なんだよ」

「ずっと前。私に、未だに俺が嫌いなのかって訊いてきたの、覚えてる?」

「……ああ」

 覚えていたことにホッとする。

 息を吸い込み、そして吐き出す。

「私ね。相葉のこと、嫌いじゃないよ」

 それが、今の私のせい一杯の本音だった。

 私の髪の毛を乱した手が、今度はそっと優しく整えるように髪の毛を梳いていく。その先にある想いを感じるようなそれが愛おしくて、私はその手にすべてを委ねた。

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