冬⑪

 次に目を開いたときには、だいぶ身体が軽くなっていた。この分なら、明日明後日には学校に行けそうだ。そんなことを考えていたら、チャイムが鳴った。勧誘とかそういう類のめんどくさい人だったら嫌だなと思い、あえて無視して布団にくるまる。と、枕元に置いていたスマホが鳴り始める。誰だろうと思い、着信相手を見て私は慌てて通話ボタンをタッチする。

「も……っけほ」

 朝から声を出してなかったからか、水分を取っていなかったからか。せき込んでしまう。

「おい、大丈夫か?」

「う、うん……」

「あのさ……」

 なぜかそこで言いづらそうに着信相手……相葉が言葉を止める。

「なに?」

「ノート、届けに来たんだけど」

 届けに来た? つまり、今私の家のドアの向こうに、相葉がいるということ?

「なんで私の家知ってるの」

「神崎から聞いた」

 おい彩香。勝手に他人の家を教えてるんじゃない。

「じゃあそのノートは彩香の――」

「いや、俺がとった」

「今日は雨――」

「気持ちいいくらいの快晴」

 もう色々訳が分からない。

「とりあえず、ドア開けてほしいんだけど」

「わかった。ちょっと待ってて」

「ん、無理せずな」

 優しい声色。こんな声も出るんだ、なんてどこか他人事のように考えながら私は立ち上がる。立ち眩みを壁に手をついてなんとかやり過ごし、玄関へと歩く。なんとか玄関に辿り着くと、鍵を開けた。

「おー、なんか髪の毛すごいことになってるぞ」

 ひんやりとした掌が、頭に触れた。気持ちよくて目を閉じる。がっしりとした手が、私の髪を梳いていく。

「なんか猫みてーだな」

「私は人間よ」

「知ってる。入って大丈夫?」

「別に大丈夫だけど……掃除してないから汚いかもよ?」

「病人にそこまで求めねーよ。お邪魔します」

 相葉が入ってくる。ドアが音を立ててしまった。

 そのまま私の部屋へ案内する。部屋の中央にある折り畳み机の近くに置いてある座布団を勧めて、私はベッドの端に座る。

「てか、本当に熱で頭やられてんじゃねーの?」

 相葉の手が、コツンと私の額を軽く叩く。

「どういうこと?」

「普通そんな恰好のまま男を部屋に上げないだろって話」

「別に、相葉は変なことしないでしょ」

「いや、まあ、そういうつもりでは来てないけどよ。気をつけろよ? はい、これノート」

「あ、ありがとう」

 一冊のノートを渡される。表紙をめくると、丁寧な文字でまとめられたカラフルなページが現われる。

「意外と丁寧にとるんだ」

「まあ、人に渡すものだし……」

「なるほど……」

 言いながらペラペラとページをめくっていく。なんていうか……すごくわかりやすい。こんなわかりやすいノート、見たことない。ちょっと悔しい。

「お前、昼飯食った?」

 相葉の言葉に顔をあげて首を横に振る。

「なら、ちょっと台所借りていい?」

「別にいいけど……壊さないでよ?」

「壊さねーよ」

 そう言って立ち上がると、相葉はリュックから何やら色々と入っていそうなビニール袋を出す。

「え、なに作るの」

「おかゆ。神崎から、親が共働きだって聞いたから、何も食べてないんじゃないかなと思って」

「彩香……」

 口が軽すぎる……。思わず頭を抱えてため息を吐く。

「またできたら呼ぶから、それまで寝てろよ」

「……わかった」

 この男は本当に料理ができるのだろうか。そんな不安を抱きながら、私は相葉の背中を見送った。

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