27:彼女宣言と屋上の不良

 後は任せて行っといで、と言ってくれたみーこに感謝しながら、私は教室を出た。

 最初は歩いていたけれど、徐々に早足になって、階段を下り、渡り廊下を渡る。

 一年棟の階段を上って、去年過ごしていた一年二組を通り過ぎ、いざ漣里くんがいる三組へ。

 三組に近づくと、ペンキの匂いが鼻をついた。

 ……ここが漣里くんが普段過ごしている教室か。

 学校において、教室は小さなコミュニティだ。

 早朝や放課後とかで、たとえそこに誰もいなかったとしても、自分以外のクラスに立ち入るのはなんだか気が引けるし、緊張する。

 場違いだよって、知らない展示や日直の名前、空気そのものに教えられる。

 人様の家を覗き見るにも似た気分で、どきどきしながら、教室の後方の扉から様子を覗く。

 三組の生徒たちは、机を教室の前方にまとめて寄せていた。

 教室にいる半分くらいの生徒が空いたスペースに段ボールを広げ、黒いペンキを塗っている。

 友達と談笑したり一人で黙々と手を動かしていたりと、作業している生徒の表情は様々。

 他にも、寄せられた机に座って事務作業をしている生徒や、教壇に座って雑談している生徒がいる。

 でも、見回しても、どこにも漣里くんの姿はなかった。

「あの」

 盛り上がってるところを悪いな、なんて思いながら、私は扉の一番近くにいた男子生徒に話しかけてみた。雰囲気がやんちゃそうな男子だった。

「え、誰?」

 男子は友達との会話を止めて、不思議そうな顔をした。

 近くにいた生徒たちも好奇の眼差しを向けてくる。

 連鎖的に、周囲にいた他の子たちも私を見てきて、なんだか恥ずかしくなってきた。

「二年の、深森っていいます。成瀬くんを探してるんですが……」

 視線の集中砲火に、縮こまりながら言う。

 遠くのほうから、机に座っていた三人の生徒までも私を見ていた。

「……あいつまた何かやったんですか?」

 私が上級生と知って、言葉遣いを改めた男子生徒は眉をひそめた。

 他の生徒も「またかよ」みたいな顔をしている。

 漣里くんのクラスでも――いや、彼と同じクラスだからこそ、か――悪名は轟いているらしい。

「違いますっ」

 その言葉だけで、クラスの中で彼がどういう立ち位置にいるかを思い知らされ、悲しくなりながら私は全力否定した。

「成瀬くんは何もしてませんっ。ただ、話がしたいだけなんです。彼はどこにいますか?」

「さあ……もう帰ったんじゃないかなぁ?」

「お前のせいだろ。邪魔だとか言うから」

 隣にいた男子生徒が、笑いながら彼の脇腹を小突いた。

 え?

「ひっでーよな」

「本当のことだろ。あいつがいたら空気が悪くなるだけじゃん。いてもいなくても変わんねえなら、いないほうがマシだって」

「あの、どういうことですか? 邪魔だって……追い出したの?」

 胸がざわざわと騒ぎ、血の気が引いた。

「先輩には関係ないじゃないですか。つか、何なんです?」

 睨め上げるような生意気な態度と言葉に、かちんと来た私は、

「私は成瀬くんの彼女です!」

 クラス中に届くように言い放った。

 皆、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。

 でも、関係ない。

 私はもう隠すつもりなんかないんだから。

「邪険にしたんなら、彼に謝っておいてください。お騒がせしてすみませんでした。失礼します」

 会釈して、私は踵を返した。

 それなりにうまくやってるって言ってたのに、大嘘じゃない。

 邪魔者扱いされて、弾き出されてるなんて、私、ちっとも知らなかったよ。

 相談くらいしてほしかった。

 怒りと悲しみで頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 なんで漣里くんは耐えてるんだろう。

 やっぱり私、こんな状況、許せない。

 私はやるせない気持ちで、生徒玄関に下り、漣里くんの靴箱の蓋を開けた。

 外靴が入っている。

 ということは、まだ帰っていない。

 校舎のどこかにいるはずだ。

 どこだろう……?

 少し考えてから、私は特別棟の校舎に向かった。

 文化祭準備期間であろうと関係なく、あそこは立ち入り禁止だ。

 普通の生徒はまず寄り付かない。

 でも、だからこそ、あそこはいまの漣里くんのように、居場所のない人たちの居場所になる。

 二階の家庭科室から、女子たちの楽しそうな笑い声が聞こえる。

 その声を聞きながら、特別棟の階段を上り、途中で資材を抱えた生徒たちとすれ違い、屋上へ。

 ドアノブに手をかけると、鍵はかかってなかった。

 誰かがいる証拠だ。

 はやる気持ちを抑えて、私は扉を開け放ち――そして、固まった。

 夕陽が差す屋上には、確かに人がいた。

 でもそれは私の望んだ人ではなく、むしろ会いたくなかったカテゴリに含まれる三人の生徒だった。

 そう、私は彼らを知っていた。

 真ん中にいるのはかつて漣里くんが殴った相手、野田健吾のだけんご。大柄で、横幅もある男子。英語のロゴが入った真っ赤なシャツの上にカッターシャツを羽織り、胸には趣味の悪い髑髏のシルバーアクセサリー。

 彼は狂犬そのものの目つきをしていて、歩くと自然と皆が道を避ける。

 街の不良グループを潰して回ったという漣里くんの噂は、本来彼のものらしい。

 野田くんの右にいるのが上杉敦うえすぎあつし。ブリーチで脱色した髪に、そり上げた眉。野田くんとは対照的に、彼は細身の体格だった。ただし野田くんの右腕になるほど喧嘩は強いと聞く。

 左にいるのが小太りの加藤剛かとうつよしで、彼は野田くんと上杉くんの腰巾着。虎の威を借る狐みたいなものだとみーこは言ってたっけ。

 彼らは屋上のど真ん中で車座になり、煙草を吸っていた。

 もちろんこんな現場、教師に目撃された日には一発アウトで停学だけど、もしかしたら彼らに限っては処分が軽くなるのかもしれない。

 何故って、野田くんの祖母が市議会議員で、加藤くんの叔父さんが教育委員会の委員だから。

 漣里くんが殴った相手が五組の野田くんだということを知って、私はどんな人なのかと情報を集め、実際に見に行ったことがある。

 ちょうど昼休憩だったそのとき、野田くんは林くんという男子生徒にパンを買いに行かせていた。

 林くんは気弱そうな生徒。

 直感的に漣里くんが庇った相手は林くんだろうと思った。

 私の推測を裏付けるように、五組の生徒の話によれば、林くんは入学当初から野田くんに目をつけられ、苦労しているそうだ。

 それを気の毒に思う生徒もいるけれど、自分に火の粉が降りかかると困るから、皆見て見ぬふり。

 教師もなんとなく察していても、野田くんたちの背後にいる権力者のことを思うと強くは言えない。

 多分、この学校で一度でも野田くんたちの横暴を止めたことがある勇者は漣里くんだけだ。

「ああ? 何見てんだゴラァ!」

「ひっ」

 加藤くんに大声で威嚇され、巻き舌で凄まれて、私の心臓は縮み上がった。

 素行不良を注意したわけでもないのに、ただ見ていただけで怒鳴られるなんて人生で初めての経験。

 物陰に隠れるでもなく、屋上の中央で堂々と煙草を吸っているあたり、彼らは噂通り、とんでもない不良だ。

 迂闊に関わるとどんな目に遭わされるかわかったものじゃない!

「な、なんでもないですっ、お邪魔しました!」

 私は扉を閉め、泡を食って逃げ出した。

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