26:私の親友

 一週間が経った。

 二年二組の出し物は正式にカジノで決まり、約一カ月後の文化祭に向けて、私たちは放課後、皆で準備に勤しんでいた。

 私の班が担当するカジノはトランプゲーム。

 私はじゃんけんで負けてしまい、カジノディーラーを務めることになってしまった。

 ベットとかコールとかレイズとか全然わかんないよ、とみーこに嘆いたら、そんな本格的にはやんないよと笑われた。

 でも、カジノといったらバニーガールだよねー、真白は胸あるしいけるよ、なんて無茶振りされ、いやとんでもないあんな破廉恥な格好絶対嫌だと断固拒否し、すったもんだの末、メイド服+うさぎの耳というスタイルで落ち着いた。

 いや全く落ち着いてない。なんで何の関係もないメイド服なのって抗議しようものなら今度こそバニーガールを強要されかねないため、不承不承ながら了解するしかなかった。

 ちなみに私と交代になるディーラー役の五十鈴と、もう一人の女子は「メイド服なんて着るの初めてー」なんてはしゃいでいた。

 私の班はノリの良い女子しかいない。

 でも、仲の良い女子が集まったおかげで私の班の準備はとても順調だった。

 去年も楽しかったけど、今年はもっと楽しい文化祭になりそうで、いまからわくわくしてしまう。

 そんな私の班とは対照的に、UNOの担当班に所属する小金井くんは、相変わらず空気を読まない発言で和を乱していたりする。もう皆慣れ切って、まともに取り合う人なんていないけれど。

 高校の文化祭もあと二回しかないんだし、楽しめばいいのに。

 彼はとてももったいないことをしていると思う。

「いまさらだけどさ、カジノってのはなかなかいいアイディアだよね。題材がゲームだから、お客さんたちにも楽しんでもらえるだろうし」

 みーこの発言で、私の注意は引き戻された。

 私とみーこは放課後の賑やかな教室の一角で、飾り付け用の花を作っている。

 素人なのに、果敢にもくす玉タイプの花に挑戦中。

 綺麗に丸く作るには、それを構成するたくさんの小さな花が必要なので、結構大変だった。

 私と同じ班のメンバー、五十鈴たちは買い出しに行き、他のクラスメイトたちは離れた場所でそれぞれ作業しているため、いま私の近くにいるのはみーこだけ。

「お化け屋敷よりは準備も楽だし」

 オレンジ色の小さな折り紙を折りながら、みーこがお化け屋敷を引き合いに出したのは、漣里くんのクラスではお化け屋敷をするらしい、と私が言ったせいだろう。

 漣里くんのクラスは一年三組。

 私たち二・三年がいる教室棟とは渡り廊下で繋がった、一年棟の二階。

「お化け屋敷っていったら段ボールも大量にいるよね。搬入してきた段ボールを黒く塗ったりとか、窓を塞いだりとか、設営がめちゃくちゃ大変そうだけど、成瀬くんはクラスメイトとうまくやってるのかねぇ」

 みーこは一年棟がある方向を見やった。

 みーこに言われるまでもない。

 文化祭準備が始まってからずっと、私は彼のことばかり気にしている。

 これまでは孤立していてもどうにかやり過ごせただろうけど、全員参加のイベント事にはどうしても、クラスメイトとの交流が必要になってくる。

 独りぼっちの彼がどんな憂き目に遭っているのか、想像するだけで胸が締めつけられる思いだった。

「……メールしてみたら、それなりに、って返事は来たけど」

「それなりに、か。一応準備には参加してるけど、ハブられてるって感じかなぁ」

「…………」

 響さんも、漣里くんには友達がいない、と言っていた。

 ……心配だ。

 でも、私にできることなんて何もない。

 誰よりも漣里くんがそれを望んでない以上、余計なお世話にしかならないんだもの。

「……遠目にでもいいから、こっそり様子を見に行きたいんだけど、二年が一年棟に入るのは気が引けるんだよね……一・二年が同じ校舎だったら良かったのに」

 出来上がった青い花を完成品に重ねて、小さくため息をつく。

 この一週間で三回ほど、私は漣里くんと学校で顔を合わせる機会があった。

 一回目は登校途中。二回目は移動教室。

 三回目は昨日の下校途中、校門付近でのことだ。

 三回目は隣にみーこもいた。

 私を無視した漣里くんを見て、みーこは「なにあれ」と心外そうに漏らした。

 私よりも怒って見えたみーこには、仕方ないよ、と答えるしかなかった。

 そう、仕方ない。

 メールや電話では普通に話してくれても、学校で出会ったときは無視される。

 それが私たちのルール。

 でも、確かに目が合ったのに、見ず知らずの他人のように顔を背けられるのは、少々――いや、本当は物凄くショックだ。

 そうすると言われていても、覚悟していても、泣きたくなってしまう。

 無視した日は必ず後でフォローはしてくれるんだけど、なんでって。

 どうしてって、つい思ってしまう。

 私も他の学生カップルみたいに仲良くしたい。

 お昼を一緒に食べたり、他愛ないことで笑ったりしたい。

 漣里くんの傍にいたいのに、そんな単純な願いが叶わない。

「あんたさあ、本当にこのままでいいわけ?」

 肩を落としたまま、のろのろと次の折り紙をとった私に、みーこが真剣な表情で聞いてきた。

 いいわけがない。

 喉まで出かかった言葉をぐっと堪える。

「……それが漣里くんの望みだもん」

「うん、そうだろうね。でも、あんたはどうなの? 彼氏があることないこと好き勝手に言われてるこの状況、我慢できるわけ?」

「しょうがないじゃない」

 人が苦労して胸の奥底に沈めている不満を無遠慮に突いてくるみーこを、私は睨みつけた。

「私にどうしろっていうの。何もしないでほしいって言われてるんだよ? ごめんって謝られたんだよ? 我儘をぶつけて困らせたくないの。嫌われたくないの」

 他人に何を言われたって私は構わない。

 誤解と偏見に立ち向かう勇気だってある。

 でも、真実を白日の下に晒すことを漣里くんが望んでないなら、どうすることもできないじゃない。

 漣里くんさえいいと言ってくれたら、私は声を大にして無実を叫ぶのに。

 中学では陰で街の不良グループを潰して回ったとか、女子を階段から突き落としたとか、暴行したとかいう酷い噂は全くのでたらめだ。

 唯一の事実、野田くんを殴ったことだって、ちゃんと理由があるんだって、本当はいますぐにでも叫びたい。

 彼氏が謂れのない誹謗中傷を受けているのに、へらへら笑って耐えられる女子なんているわけがない。

「ふーん。彼女でいたいがために我慢するんだ。健気だねぇ」

 喧嘩でもしたいんだろうか。

 尖った私の視線を無視して、みーこはぽいっと、折り紙の花の山の上に、完成したばかりのオレンジ色の花を指先で放った。

「私だったらふざけんなって説教するけどね。あんたは彼女と、庇ってる他人とどっちが大事なんだって」

 みーこは片手で頬杖をつき、前を向いたまま、ぽんと。

 私の頭に手を置いた。

「…………」

 予想外の行動に、私は目をぱちくり。

「こんなに彼女が苦しんでるのに気づかないなんて、あんたの目は節穴かって。屋上ではバカップルみたいなやり取りしてたくせに、本当に好きならちゃんと向き合えよ。くだらないことで私の親友泣かせんな馬鹿って」

 置かれたみーこの手から、じんわりと温もりが広がる。

 その温もりに呼び覚まされたかのように、私の目の奥も熱くなり、そこからは早かった。

 涙が頬を滑り落ちて、机に小さな水たまりを作る。

 私は両手で顔を覆い、伏せた。

 ――ああ、そうか。

 私、こんなに苦しかったんだ。

 いつだって一人でいる漣里くんを見ることが。

 彼女なのに、近づくことすらできないことが。

 目が合えば無視されることが。

 私を拒絶する、あの背中が。

 胸を張って彼の傍にいられないことが――。

 泣くほど無理してるなんて自覚はなかったけど、みーこは――いつも私の傍にいてくれる親友は――ただ一回、私が漣里くんに無視された現場に居合わせただけで、そのときの私の表情を見て、すぐに見抜いてくれてたんだ。

 私の異変はすぐに他のクラスメイトに見つかり、何、どうしたの、と数人の女子が声をかけてきた。

 私のクラスメイトは優しい人ばかりだ。

 何があれば助けに来てくれる。

 でも、漣里くんにはそんな人、いないんでしょう?

 何かトラブルがあっても一人で解決するしかないんでしょう?

 本当は辛いんでしょう?

 いまどんな気分で教室にいるの?

 漣里くんのことを考えると、悲しくて、悲しくて、胸が潰れそうだよ――。

 寄ってきたクラスメイトを、みーこはなんでもない、と断って追い払い、再び私に向き直った。

 姉が妹に言い聞かせるような、柔らかな声で、優しく、諭すように。

「もう一回、ちゃんと話してみなさいよ。それでも成瀬くんが嫌だっていうなら、私が一発ぶん殴って目ぇ覚まさせてやるから、安心して」

「……ちっとも安心できないよ。私は平和主義だもん、暴力反対」

 涙を手の甲で拭い、笑ってみせる。

 きっと目は赤くなって、情けない笑顔になってただろうけど、みーこはなんだか気に入ったように、にひっと笑って。

「そーね」

 と、短く相槌を打った。

 必要な言葉なんて、それで十分。

 重く立ち込める霧のように、心を侵食していた数々の不安と不満が晴れたような気がする。

 背中を押してくれた親友のためにも、私はもう一度漣里くんと話してみようと心に決めた。

 ねえ漣里くん、こんな理不尽に一週間も耐えたんだから、もういいでしょう?

 こうなったら喧嘩してでも、私の思いを全部ぶつけて、この状況を根底からひっくり返してやるんだから!

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