15:打っては消して、考える

 上様のお墓参りの後は、居間で一時間ほど三兄弟と会話した。

 漣里くんの表情はまだ翳りがあったけれど、それでも、いつものように会話には応じてくれたから、少しは元気を取り戻してくれたと思う。そうであるといい。

「ところで真白ちゃんって、土曜日の花火大会行く予定ある?」

 響さんが唐突に聞いてきた。

「え。えーっと、一応。……一人で」

 俯き加減に、小声で付け足す。

 さすがに堂々と一人です! と言う度胸はなかった。

「一人か。じゃあ、俺らと一緒に行かない?」

「えっ」

 こんな豪華メンバーで花火大会!?

 いやいや、ちょっと待って。

 花火大会には当然、同じ高校の生徒も来る。

 目撃されたらなんてごまかせばいいの?

「あ、そっか。漣里は不良として敬遠されてるらしいけど、葵は学校じゃ人気者か。俺に似てイケメンだもんな。女が放っとかないよな」

「そうでもないけど……」

 困ったように苦笑する葵先輩に構わず、響さんはぴっと親指を立てて、自分に向けた。

「そんじゃ真白ちゃん、俺と回る?」

 ウィンクまでされた。

「……えーと……」

 どうしよう。

 お誘いはもちろん嬉しいんだけど、響さんと二人きりっていうのはちょっと…

 どう考えても、セクハラされる未来しか思い浮かばない。平気で肩とか抱かれそうだ。

 同級生にそんな現場を目撃された日には、光の速さで噂が広がることだろう。

 でも、断ったら失礼にあたるよね?

 こんな格好良い人と夏祭りに行けるなんて光栄だと思わなきゃいけないんだろうけど、でも……

 進退窮まって、ぐるぐると思考が頭の中で回る。

「ひー兄と二人きりにするくらいなら、俺が一緒に行く」

 牽制するように視線で響さんを突き刺しつつ、声を上げたのは漣里くんだった。

「え」

 私は目を丸くした。

 漣里くんが、私と?

「でもお前、上級生殴った不良だって言われてんだろ? 他の子に一緒にいるとこ見られたらやばいんじゃねえの? お前はともかく、真白ちゃん的に。女の子のほうが噂話は得意よ? あんな不良と付き合ってるなんてーって敬遠されるかもよ?」

「…………」

「私のことなら気にしないでください」

 俯いてしまった漣里くんを見て、私は急いで言った。

「たとえもしそう言われても、私は漣里くんと付き合ってるわけじゃありませんし、事実は私たちが知っていればいいんですよ。それに、噂に流されて離れていく人は、しょせん、その程度の人です。最初からその人とは友達じゃなかったんですよ。気にしません」

 幸い、私には親友と呼べる子がいる。

 誰が離れていこうと、あの子だけは何があっても味方でいてくれると信じられるから、強気にだってなれるんだ。

「漣里くんは人助けをしただけです。人様に恥じるようなことなんて何もありません。堂々と胸を張っていればいいんです。もし何か言う人がいたら私が怒ります」

 決意を込めた視線で見つめると、三人は沈黙した。

 響さんは口笛でも吹きそうな会心の笑みを浮かべ、葵先輩は驚いたような顔をし、漣里くんは複雑な表情をしている。

 やがて、沈黙を破ったのは葵先輩だった。微笑んで言う。

「なんか、真白ちゃんって、漣里の保護者みたいだね。お母さんっぽい」

「お、お母さんですか?」

 確かに一歳年上ではあるけど、お母さんと呼ばれるほど年は離れてないんだけどな? 

「うんうん。ぽけーっとしてるように見えて、芯が強いっていうギャップがいいよな。お似合いだと思う」

 響さんが顎を縦に二度振った。

「ってわけで、漣里と行っといでよ。俺のことは気にしなくていいから、めいっぱい親交を深めてきて。なんなら朝帰りでも――」

 葵先輩が無言で響さんの頭をはたいて黙らせた。

 結構な威力だった。響さんの額が座卓に激突して鈍い音を立てたけど、葵先輩は聞こえていないかのように微笑んだ。

「本当に下品な兄でごめんね。いまのは聞かなかったことにして」

「は、はい……」

 突っ伏して撃沈している響さんの後頭部を見て、私は冷や汗を掻きつつ頷いた。

「……本当にいいのか? 俺とで」

 漣里くんが確認してきた。

 そのまっすぐな眼差しに、私は微笑んで頷く。

「うん。漣里くんが良ければ、是非。一人じゃ寂しいなって思ってたから、嬉しい。七時に澪月橋の上で待ち合わせなんてどうかな?」

「ああ。待ってる」

「うん」

 ……嘘みたいだ。

 漣里くんとお祭りに行けるなんて。



「それでは、お邪魔しました」

 玄関先で、私は響さんと葵先輩に頭を下げた。

「送ってく」

 漣里くんはそう言うなり、スニーカーを履き始めた。

「いいよ、そんな。近いし」

「いいから送る」

「……。うん、じゃあ……お願いしようかな」

 押し問答をするよりは、素直に甘えよう。

 何故か一段下の靴脱ぎに立っている私たちを見て、響さんが面白がるような笑みを浮かべている。あまりよくない類の笑い方だ。

「……なんですか?」

「真白ちゃん。ちょっとこっち来て」

「はい?」

 手招きされて、素直に響さんの近くに行くと、抱きしめられた。

「!?」

 ぎゅーっと抱きしめられて、私の顔はたちまち朱に染まる。

「え、ちょっと、なっ」

 戸惑っている間に、今度は肩を掴まれて思いっきり後ろに引っ張られた。響さんの手から引き剥がされたと思いきや、空いたスペースに割って入ったのは見覚えのある背中。

「何のつもり」

 絶対零度の声音でそう言ったのは、私の前に立つ漣里くんだった。

 あれ、漣里くん、怒ってる。物凄い怒りのオーラが背中から発散されている。

「ちょっと抱きしめたくなっただけじゃん。なんでお前が怒るんだよ? 彼氏でもなんでもないのにさ」

 響さんはからかうように笑っている。

「……。そういうのはこいつの許可を取ってからにしろ」

 漣里くんは怒った声音でそう言って、私の手を掴んだ。

「行くぞ」

「えっ、あ、はい?」

 私は漣里くんの怒りのオーラをどうすることもできず、流されるまま外に出た。

「お、お邪魔しました!」

 漣里くんは私に玄関の扉を閉める暇も与えずにずんずん進んでいく。

 開けっ放しなんだけど……葵先輩が苦笑してたから、きっと閉めてくれるよね。多分。

「漣里くん?」

 門扉を通って、道を歩く。

「あの、ちょっと、手が痛いんだけど……」

 控えめな声で訴えると、漣里くんは手を離した。

「……ごめん」

「ううん、平気」

 とはいったものの、漣里くんの様子がおかしい。

 眉間に少し皺が寄っている。まだ怒っているのだろうか。

 弟として兄のセクハラ行為に悩まされてるのかな?

「あの、もしさっきのことを気にしてるんだったら、私は大丈夫だよ? 響さんが女の子大好きっていうのは知ってるし。ハグは多分、響さんにとっては挨拶みたいなものなんだよ。だから気にしてないよ?」

 漣里くんがこちらを見た。

 う、視線が鋭い。

 良かれと思ってフォローを入れたんだけど、何かまずい対応だったかな?

「……真白が良くても、俺がムカつく」

 漣里くんは視線を逸らして、何か言った。

 でも、後半は声が小さすぎて聞き取れなかった。

「え。いまなんて?」

「……何でもない」

「う、うん?」

 私はまだ微妙に怒っているらしい漣里くんに追及する度胸もなく、結局、その後の会話はほとんどないままに終わった。



「はーっ、つっかれたー」

 アパートの部屋に到着するなり、私はぼふっとベッドにダイブした。

 普段よりもさらに口数が少ない漣里くんと夜道を歩くのは緊張して、どっと疲れが溜まってしまった。

 それにしても、漣里くんは珍しく怒ってたな。

 友人として私のことを心配してくれたのかな。

「…………」

 私はうつ伏せの状態から肘をついて上半身だけを起こし、鞄の中から携帯を引っ張り出した。

 画面を開くと、響さんからのメールが届いていた。

『今日は来てくれてありがとう。おかげで漣里も元気を取り戻したようだし(つってもいまは発奮状態だけど笑)感謝感謝。また何かあったらヘルプするんでヨロシク』

 年上の男性からとは思えない、顔文字や絵文字をふんだんに使ったメール文だ。

 最後にはウィンクを繰り返す絵文字がついている。

 返信メールを送り、携帯を置いた途端に、新しいメールの受信音。

 今度は誰だろう?

 取り上げて確認すると、漣里くんからだった。

『今日はありがとう』

 とても簡潔な一文だった。響さんとのメールとは対照的だ。

「…………ふふ」

 味も素っ気もないメールなのに、私の頬は自然と緩んだ。

 ベッドに仰向けに寝転がって、携帯を頭上に掲げる。

 さて、このメールには、どんな返事をしよう?

 響さんへの返信よりも、長く悩むことになりそうだった。

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