12:友達になりましょう
どれだけ粘っても漣里くんは「自分の分は自分で払う」の一点張りで、奢らせてはくれなかった。
しかも最初は私の分まで払おうとしていたのだ。
付き合ってもらったお礼と言っていたけれど、お礼をしなければいけないのは私のほうなのに。
「せっかく繁華街にいるんだから、何かする? したいことでもある?」
店を出て、漣里くんが尋ねてきた。
「え、えーっと……」
どうしようか。せっかくだからショッピングでもする?
でも、漣里くんをつき合わせるのは気が引ける。
男性が女性の買い物に付き合うのは面倒だよね。
女性はお店に行ってから何が良いか悩むけど、男性は欲しいものを予めイメージしているから短時間で買い物を済ませるって、何かの本で読んだことがあるし。
そもそも私はただの知り合いで。
友人とすら思われていないわけで……
鉛を飲み込んだような気分だ。
胸が重くて、苦しい。
それでも、私は無理やり笑顔を作った。
「私はデパートで買い物してから帰ろうかなーなんて……」
「なら付き合う」
「え、でも、長くなるかも……」
「いいよ。どうせ暇だし。ひー兄たちからもゆっくりして来いって言われた」
「そうなんだ」
私は曖昧に笑うことしかできない。
ああ、いけない。ちゃんと笑わなきゃいけないのに、頬が引き攣って、泣き笑いみたいになってないかな。
「じゃあ、しばらく付き合ってもらおうかな。駅前のデパートに行って、クリアランスセールの下調べがしたいんだ」
私はそう言って、駅前に向かって歩き出した。漣里くんも私の右手、隣にやってくる。
漣里くんは私と歩くとき、さりげなく車道側を歩いてくれる。
それは彼が万人に向ける優しさでしかなかったのに、私は妙に浮かれてしまった。こんな私でも、少しは好印象を持ってくれているのかなって、愚かにも期待した。
笑ってくれたことだってそう、何も特別なことじゃなかった。
パンケーキでも彼は笑うんだ。
おいしいものを食べたときだって、彼の無表情は崩れるんだ。
――真白ちゃんのこと気に入ってるみたいだね……
――その子、気に入ってんだ?
違う。全然、違った。
――ありがと。
あの笑顔も、姫に噛まれた私の手を包んだ温もりも、何もかも。
何一つ、特別なことじゃなかった。
「デパートの中に好きなお店があるの。この服もそのお店で買ったんだ」
私はワンピースの裾を掴んで微笑み、明るい声で続ける。
「千円割引になるポイントがもうすぐ溜まるんだ。判子がいっぱい押されたカードを見るとなんだか嬉しくならない? 割引ももちろん嬉しいけど、よくここまで溜めたなーって、達成感がある。小学生のときのラジオ体操でもらう判子もそうだったな。全部揃ったら気持ちいいから、毎日参加してご褒美の図書券もらったよ。最後に皆で食べたお菓子はおいしかったなー。朝食前に食べるなって言われたけど、最後だからいいじゃーんって、皆で一斉に開封して……」
「あんたさ」
長い台詞を遮るように言われて、私は言葉を止めた――止めざるを得なかった。
胸の前で両手を合わせたポーズのまま、彼を見る。
漣里くんはまっすぐな目で、射るように私を見返していた。
「なんで泣きそうな顔してるんだ?」
「…………」
そんなことないよ、と笑って否定するには、彼の瞳は真剣すぎた。
立ち止まると、漣里くんも立ち止まった。
視線の重圧が、痛い。
手を下ろす。口を開いて、閉じる。
ごまかすための適当な言葉を捜そうにも、何も思い浮かばなかった。
私は――だから、素直な言葉を言うことにした。
「……私は漣里くんにとって、ただの知り合い、なんだよね」
「あんたがそう言ったんだろ」
間髪入れずに返されたのは、予想外の言葉だった。
「………………え?」
きょとんと、目を瞬く。
……私、そんなこと言ったかな?
「え? いつ?」
考えても、全く思い当たる場面がない。
「コンビニで。バイト仲間みたいな人に」
漣里くんの声は少しだけ、拗ねているような響きが含まれていた。
え? え?
いつそんなこと言ったの、私?
「………………あ!」
ようやく思い出して、ぽんと手を打つ。
そういえば、言った! 加奈子ちゃんに聞かれてつい!
やっぱりあのとき、漣里くんにはやり取りが聞こえていたらしい。
全く普段通りだったので、聞いていないのかと思っていた。
「あれは加奈子ちゃんにからかわれたから焦って、ついそう言っちゃっただけで、ただの知り合いだなんて思ってないよ!? 漣里くんのことはもっと大切な人だと思ってる」
心なしか不機嫌そうに見える漣里くんに、私は慌てて釈明した。
「なら、どういう関係?」
詰問のように尋ねられて、私は怯んだ。
改めて聞かれると、私たちってどういう関係なんだろう?
客観的に事実を言うなら。
「……学校の先輩と後輩……?」
私は首を捻った。
「要するに同じ高校生。やっぱり知り合いでいいんじゃないのか」
「でも、私は友達になれたらいいなって思ってる!」
両手を握って、叫ぶように言うと、漣里くんは軽く目を見張った。
私の顔は多分赤くなっている。それでも伝えたい言葉があった。
「私じゃ力不足かもしれないけど、でも、漣里くんの友達になれるように努力したい!」
「……」
漣里くんは沈黙した。
道行く人たちが私たちを見てくる。人通りがそれなりにある道端で叫んだのだから注目されて当然だ。
恥ずかしいけど、でも、これが私の正直な気持ちだから、伝わってほしい。
「……そんな大真面目な顔で友達になりたいって言われたの初めてだ」
と。
漣里くんは困ったような顔で微笑んだ。
「俺なんかで良かったら」
「なんかじゃない。私は漣里くんだから友達になりたいの」
「そんなふうに説教かましてくる女子も初めて」
「えっ。あ、ごめん。押しつけがましいよね」
考えてみれば、傷の手当をしたときも、私は彼に説教じみたことを言ってしまっている。面倒くさい、重いと思われる要素は十分だ。
友達になるためには、このマイナス要素どうにかしないと……!
中学のときの友達にも、「あんたは重い」って言われたことがあるんだよね。
「いや。遠慮なく言ってくれるほうがいい」
けれど、漣里くんはあっさりと首を振った。
「俺のためを思っての言葉は嬉しい。そういうとこ、ちょっと小兄と被るんだよな、あんた」
「あ、それ」
私は片手を上げて彼の注意を引いた。漣里くんが小さく首を傾げる。
「あんたっていうのは、そろそろ止めてほしいかな。漣里くんって、私のこと名前で呼んだことないよね。呼び捨てでもなんでもいいから、名前で呼んでくれたら嬉しい」
「じゃあ真白で」
「!?」
即座に呼び捨てにされて、胸がどきんと跳ねた。
ためらいもなくノータイムで……!?
親戚でも家族でもない異性から呼び捨てにされたことなんて、かつて一度もない。どんなに頑張っても名字の『深森』だ。
「顔真っ赤だけど、深森先輩のほうがいい?」
「えっ。い、いいえ! どうぞ! ご遠慮なく! 私如きは真白で十分です!」
「俺には『なんか』はダメで、自分は『如き』って卑下していいわけ?」
「えっ。いえ! いまのは言葉のあやというか! そ、そうだよね、自分を卑下しちゃダメだよね、うん! これから気をつける!」
私はぎこちない動きで両手を大きく振った。
「それでいい」
漣里くんはふいっと前を向いて、歩き出した。私もその後を追う。
「あと、俺は真白のこと、友達だと思ってるから」
「え」
「どうでもいい知り合いを家に呼ぶほど、俺は酔狂な人間じゃない」
「…………」
私は目をぱちくりさせて、漣里くんを見つめた。
漣里くんはこちらを見ないまま、淡々とした口調で言う。
「ひー兄も小兄も多分、同じ気持ちだと思う。二人とも、真白のこと気に入ってるらしいから、安心して。いや」
と、漣里くんは顔をしかめた。
「やっぱりひー兄には安心するな。全力で警戒しといて」
「うん」
私は笑って頷いた。
「……あんた無防備すぎて心配」
漣里くんが小さな声で何か言った。
「え。いまなんて言ったの?」
「なんでもない。こっちの話」
「?」
私は首を傾げた。
……でも、良かった。
私は漣里くんと友達になれるみたいだ。
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