5:等身大の彼は、ほんとは

 アパートに到着した。

 私が住んでいるのは五階建ての、ごく普通の学生向けアパートだ。

 外観は可もなく不可もなく、どこにでもありそうな形をしている。

 しいて言えば、茶色のタイルがお洒落かな?

「送ってくれて、本当にありがとう」

「どういたしまして」

 はい、棒読みです。慣れましたけどね。

 私は苦笑しながら、彼から荷物を受け取った。

「それじゃあ、超特急で部屋を片付けるから、五分だけ待ってて。自転車は適当に置いてくれたら大丈夫だから」

「は?」

 混雑している自転車置き場を指すと、漣里くんが怪訝そうな顔をした。

 うん、予想通りの反応だ。

 私だって男子を部屋にあげたことはないから、これでも物凄く緊張してるんだよ。めいっぱい頑張って平静を装ってるんだよ。察してください!

「暑い中、わざわざ送ってくれたんだから、飲み物くらい出させてほしい」

 だって、ねえ?

 私を背負って家まで運んでもらって、お昼までご馳走してもらって、あまつさえ荷物まで運んでもらって――それなのにアパート着いたから、はいさよなら、なんて、私の主義に反する。

 礼には礼を尽くすべきだ。

「もちろん無理にとは言わないけど……できたら、私の気が済むと思って、付き合って欲しい。このまま別れるなんて、申し訳ないの。お礼をさせて!」

 私はぱんっと目の前で両手を打ち鳴らし、拝んでみせた。

「……あんたがそうしたいなら」

 ややあって、漣里くんが口にしたのは、了承の言葉。

「うん!」

 私はぱあっと表情を明るくさせた。

「日陰で待ってて。準備ができたら迎えに来るから」

 私は荷物を持ち、大急ぎでアパートに入った。



「お待たせしました」

 私はガラスコップにアイスコーヒー、お皿にクッキーを並べて、漣里くんが待っている部屋に戻った。

 部屋といっても、私のアパートに部屋は一つしかないため、ベッドも本棚も全てがそこにある。

 廊下に備え付けのキッチンといい、生活空間を見られるのは非常に恥ずかしいけれど、漣里くんはそういうの、気にするタイプじゃない……と、思う。そうであることを祈る。切実に。

 漣里くんは小さな座卓の前に座っていた。この座卓は脚が折りたためるもので、使わないときは壁に立てかけている。

 女の子らしい、可愛いキャラクターが描かれた座卓にも、特に感想はないらしく、漣里くんは無表情だった。

 物珍しそうに部屋の中を見回すことも、そわそわすることもない。

 女の子の部屋にいるのに、傍目にはちっとも緊張してないように見える。漣里くんって、緊張することあるのかな?

 一体どうしたら彼は動揺するんだろう?

「砂糖とミルクはお好みで、自由に使って」

 スティックタイプの砂糖と、小さなカップタイプのミルクを並べて置くと、漣里くんはそれぞれ一つずつを取ってコーヒーに入れた。

 味見して、それからまた砂糖を一つ投入する。

 あ、苦かったのか。甘党と見た。

 私はこっそり微笑んで、自分の分のコーヒーにはミルクを一つだけ入れ、くるくるとスプーンでかき混ぜた。

 ちなみに私はブラックでも甘いカフェオレでも飲めるから、気分によって味を変える。

「おいしい」

 一応の愛想なのだろう、漣里くんはそう言った。

 できれば表情にもその感情を出してほしかったけど、彼にそれを望むのは贅沢というもの。ええ、だいぶわかってきましたよ?

「良かった。このメーカー、最近のお気に入りなの。一リットルのパックで売ってるフルーツオーレもお勧めだよ」

「そう」

 ……あ、また沈黙だ。

 会話早々、間が持たなくなったな。

「……テレビでも見る?」

「好きにすれば」

 あくまで彼はそっけない。

「じゃあ、つけるね」

 会話がなくても、テレビがあればただ見るだけで時間が過ぎる。

 いまの私にとってはありがたい、救いの神様みたいだ。

 私はテレビのリモコンを取り上げて、適当な番組で止めた。ちょうど人気上昇中の男性タレントが出ている番組だった。

「この人、最近、格好良いって話題だよね。月9に出演してるんだけど、知ってる? 弁護士のドラマ」

「知らない」

 ですよね。ええ、そうでしょうとも。なんとなく想像はついてました。

「でも、私、この人より漣里くんのほうが格好良いと思う」

「は?」

 漣里くんは微妙に嫌そうな顔をした。褒められるのが嫌いなのかな?

「だって本当にそう思うんだもの。この雑誌にもモデルさんが何人か載ってるんだけど、漣里くんのほうが格好良いなぁって思う」

 私は本棚の雑誌を一冊引き抜いて、座卓の上に広げた。

「スタイルもいいし、身長だって175センチはあるでしょう? 困ってる人を放っておけないお人良しだし、性格もいいよね」

「……そんなことない。社交性もないし」

「うーん、そうかもしれないけど」

 私は雑誌をめくりながら言った。

「それが漣里くんの性格なら、それでいいんじゃないかな。無理に自分を変える必要はないと思う。その人にはその人の個性があるように、喋るのが得意な人もいれば苦手な人もいるんだよ。世の中の人間、みんながみんな話し上手で、聞き上手がいなかったら、うるさくて仕方ないんじゃないかな? なんで黙って自分の話を聞かないんだって、喧嘩も起きそう。うん、やっぱり、無口な人も世界には必要だよ」

 ぱらぱらと雑誌をめくって、男性モデルが載っているページを探す。

 あれ、どこだったかな。

「他人の評価なんて気にすることない。口数が少なくても、漣里くんが本当は凄く優しい人だって、私は知ってるもの。そんな漣里くんに、私は助けてもらったんだもの。口先だけの軟派な人より、人を大切にできる漣里くんのほうが、よっぽど素敵だと思う」

 あ、あった。このページだ。

 ようやく目的のページを探し当てた私は、顔を上げた。

「ほら、この人よりも漣里くんのほうが格好良……」

 そこで、私の目は点になった。

 あまりの衝撃に、言葉も止まる。

 ……どうしたことだろう。

 漣里くんの顔が、真っ赤だ。耳まで赤くなってる。

 しかも彼、よっぽど恥ずかしいのか、半分だけ顔をそらして、右腕で顔を隠してる。右手の甲が左の頬についているような状態だ。激しく動揺したように瞳が揺れている。

 え……え?

 何事?

 無愛想でクールな普段の彼からは、想像もつかない状態だよ?

「れ、漣里くん?」

 あ、そういえば、いま私、漣里くんのこと褒めたよね?

 葵先輩に言われたからじゃなくて、ただ会話の流れで、自然に口から出た言葉だったけど――紛れもなくそれは私の本心だ。

「そん……なこと、ない、し……」

 漣里くんは私から半端に顔を背けたまま、声を絞り出すようにして言った。

 え? え? え?

 まだ理解が追いつかず、私の頭の中に無数の疑問符が踊る。

 ……ひょっとして、漣里くんって。

 ……物凄い、ううん、物凄いなんて形容じゃ生温いな。

 つまりは、極度の照れ屋さん?

 私が漣里くんを優しいと言ったとき、否定して廊下に出て行ったのも、照れ隠しだったのかな?

 あの後は、廊下でこんなふうに、真っ赤になってたのかな?

「…………」

 検証してみよう。

 そんな悪戯心が芽生えた私は、身体を漣里くんに近づけた。

 軽く前のめりになり、両手をメガホンの形にして、小声で囁く。

「……漣里くんって素敵」

 ぼっ!

 そんな擬音がつきそうなほど、漣里くんの顔が赤くなった。火でも噴いてしまいそうだ。

「違うし。うるさい」

 漣里くんは顔をそっぽ向けた。

 ええええええええええ!!

 凄い! 何この人!

 可愛い!!

 私の心臓がきゅーんと縮まった。

 漣里くんがこんな一面を持っていたなんて。

『面白いものが見られる』って、こういうことだったんだ。

「黙らなかったらどうなるの?」

 彼の反応が知りたくて――もっともっと知らない一面が見たくて、私はつい意地悪なことを聞いてみた。

「帰る」

 漣里くんは立ち上がった。彼はやるといったらやるタイプだ。

「わあ、嘘です嘘ですごめんなさいっ! もう言いません! 約束するからゆっくりしていって!!」

 私は慌てて立ち上がって、彼の腕を掴んで引き止めた。

 懇願を込めた私の視線に、仕方なくといった様子で漣里くんが座りなおした。ほっとして私も座る。

 ……あんまり調子に乗ったら拗ねちゃうみたいだ。

 何事もやりすぎは良くないね、うん。今度からは気をつけよう。

 漣里くんはまだ少し顔を赤くしたまま、コーヒーを煽った。自棄酒みたいな飲み方だった。

 でもそれを指摘したら今度こそ帰ってしまうと思ったから、私は口には出さなかった。

 彼はテレビを見ているけれど、微妙に顔をしかめている。

 まだ顔が赤い。

 ……これは、評価を改めなければいけない。

 私は微笑みながら思った。

 彼は無愛想なようでいて――凄く可愛い。

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