てのひらは君のため
星名柚花@書籍発売中
第一章
1:始まりは熱中症
「あづい……」
高校が夏休みに入った七月末。
私はふらつきながら、絶好調な真夏の太陽が照りつける路上を歩いていた。
両手にビニール袋を下げているんだけど、これがまた重い。
いくら隣町のスーパーが超激安価格のセールを開催したといっても、これはちょっと買いすぎた。
肩が外れてしまいそう。
春や秋ならなんてことはない、片道二十分程度の距離でも――私は散歩が趣味なので三十分は余裕で歩く――荷物を持って炎天下の中を歩くとなると、相当にしんどい。
出発前に日焼け止めクリームを塗ったから、日焼けに関しては問題ない。
でも、この暑さは大問題だった。
まだ五分しか歩いてないのに、汗がとめどなく噴き出して、髪やシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。
息が荒れる。
荷物が重い。
何より暑い――ううん、暑いなんて単語じゃ生温い。
この異常な熱気は『暑い』を通り越して、もはや『熱い』という表現が正しい。連日の天気予報では猛暑日という言葉が使われているけれど、今日もそうに違いない。
鉄板の上のお肉はこんな気分なのかな。
私もこんがり焼けて、頭から煙が上がってしまいそう。
顔は発火したように熱く、汗が顎を伝い落ちていく。
夏に備えて髪をボブにしたのも間違いだった。友達はさっぱりしたねって言ってくれたけど、括れる程度には残しておけばよかった。
目の前、二十メートルほど一直線に伸びる住宅街の細い路地には、私の他に人影はない。
賢明な人たちは涼しい室内に退避しているらしい。
セミの声に混じって、クーラーの室外機の稼動音が聞こえる。
ちょうどお昼時だから、昼食を取っている人もいるんだろうな。
お母さんの作ったそうめんとかね。いいなぁ。
氷を浮かべたつゆに冷たいそうめん……素敵……ああ、ダメダメ、涎が出てしまう。朝は食欲がなくてコーヒー一杯で済ませたから、お腹が空いてるんだよね。
よし、今日の昼食はそうめんにしよ……う?
不意に、視界が歪んだ。
太陽の光が、街路樹が、何の変哲もない道路標識が――全ての風景が、飴細工のようにぐにゃりと引き伸ばされる。
あ、まず……
ふっと意識が遠のいて、私はその場に倒れ込んだ。
……身体が揺れてる。
夢と現の狭間で、私は薄く目を開いた。
どうやら私は誰かに背負われているようだった。
体は鉛のように重くて、指一本動かせない。
でも、私を背負ってくれている誰かの背中の大きさと、その温もりは感じることができた。
……誰だろう?
その人が歩くたびに私の身体が揺れる。
側頭部に触れる横顔から、少し苦しそうな呼吸音がする。
「……重い」
小さな、ぼやくような呟きが聞こえた。
低い声だ――男の人みたい。
幼い頃のことを思い出す。
夏のお祭りにはしゃぎ疲れて眠ってしまった私を、お父さんがこんなふうに背負ってくれたっけ……
あのときの光景と、いまの光景が重なる。
「……お父さん?」
自分の耳でも聞き取れないような、弱々しい声が口から漏れた。
でも、その人の耳には届いたらしく、彼が振り返ったような――そんな気がしたんだけど。
そこで私の意識は再び途切れた。
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