第77話奇跡の突貫工事

数多の市民といっても、肉眼ではどれほどの人数なのか、確認ができない。

皇帝船の甲板上から、少し身体を震わせながら群衆を見つめるシャルルにハルドゥーンがささやいた。

「およそ、1万6千といったところですかな」

「働ける市民のほぼ全員」

その言葉を聞き、シャルルは甲板の上から手を振った。

途端に万雷の拍手に包まれる。

しかし、その姿は甲板上から、すぐに見えなくなった。


「降りるのですか?」

ハルドゥーンが聞くまでもない。

シャルルは後ろを振り返ることもない、どんどん階段を降りていく。

そして、港に降り立ってしまった。

甲板の上から、シャルルの話が何かあると思っていた群衆も、シャルルの意外な行動に息を呑んでいる。

ハルドゥーン、メリエム、バラクも慌てて、シャルルの周囲を固めた。


か細い声ながらシャルルは群衆を前に語りはじめた。


「皆さま、ここにお集まりいただき、心より感謝申し上げます」

「シャルルは、船の上から言葉を発するような、位の高い人間ではありません」

「あくまでも、一人の人間として、お話をさせていただきます」

「それは、皆さまとあくまでも、同じ場所に立つ、決して高い位置ではありません」

この言葉で、群衆につられて集まってきてしまった一部の官僚の顔が曇った。


シャルルは言葉を続けた。


「故郷ミラノからフィレンツェ、ローマ、アテネなどを経て、ようやくビザンティンの都まで、たどり着きました」

「その中で、様々なことを考えました」

「主なる神は、このシャルルに何を求めているのかと」

「何を啓示しているのかと・・・」

「ハルドゥーン様にも出会い、メリエムに出会い、ローマではアエティウス将軍、皇帝のヴァレンティウス様には殺されかけました」

この言葉で、群衆は少し表情が険しくなった。


「しかし、殺されかける前に、あの神君アウグストゥス様の霊廟で跪いた時のことです」

シャルルはここで、その目を閉じた。

再び、群衆はシャルルの次の言葉に注目し、押し黙った。


「不思議な声が聞こえてきました」


「極力、命を落さず、平和を勝ち取る方法を考えよ」

「市民の自由と幸福は、平和が前提条件となる」

「人は屋根のない家、壁のない家には住めない」

「それも落ちない屋根、崩れない壁になれば、一層安心して暮らすことができる」


「この言葉は、至極当たり前の言葉です」

「どれほど攻撃しても壊れない家であるならば、攻める者もでない」

「そうすれば、戦禍に泣く人もでない」

「だとすれば、その壁を築く場所はどこか。どこが最適なのか」

「あるいは、主なる神は、シャルルにどこの場所での働きを期待しているのか」

「もしかすると、主なる神は、神君アウグストゥス様の霊を通じ、シャルルに壁を築くことを命じたのではないかと・・・」

「それを考え続け、たどり着いたのが、ここ、ビザンティンの都だったのです」

シャルルは、ここで一旦天を仰ぎ、十字を切った。

慣れない話を続けて、疲れたのだろうか、肩で息をしている。


そのシャルルの横にヨロゴスが立った。

「ああ、市民諸君!」

「シャルル君は、これ以外に考えていない」

「だから!」

ヨロゴスはシャルルの肩をポンと叩いた。

そして、大声で叫んだ。


「この壁には、神君アウグストゥス様のご加護がある!」

「このビザンティンの都の平和と自由、幸福は、自らが作りだそうではないか!」

「さあ、すぐに工事を始めよう!」

「平和と自由、幸福と名誉のために!」


港に集まった群衆全員が、「おおっ」鬨の声のような声を上げ、その右手を高くあげた。

そして、その翌朝から、市民が一体となった「奇跡」とも言われる突貫工事が始まったのである。

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