第55話再び海へ 新たな不安

アテネピレウス港から、新たな旅行者が四人追加された。

すなわち、元格闘士にしてイエスの教会で闇の始末人をしていたバラクと反骨の哲学者ヨロゴスの家族三人である。

四人とも、東ローマ皇帝テオドシウスの豪勢な船に一瞬戸惑いを見せたが、乗船後は穏やかな顔で、蒼い海を見続けている。


「シャルル様は、天候も読んでいたらしいな」

ペトルスがハルドゥーンに声をかける。

「ああ、今日の船出がベストさ、旅立ちに時間をかけると、ためらいが出る」

「バラクにしろ、ヨロゴスの家族にしろ、今のアテネにいても浮かばれない」

ハルドゥーンは冷静に分析をしている。


確かに、バラクの場合、本意で「闇の仕事」をしていたわけではない。

イエスの教会に「金」で、格闘士の仕事から免除され、その代わりに、また「金」のために「闇の仕事」を実行していたのである。

それが本意ではないことが、シャルルに対峙した時、簡単に見抜かれてしまった。

単なる「番犬、獣の所業」を行うだけで、自分自身が人間とも思えなかった。

それで、あきらめていたところに、「バラク様」である。

何より、高名なシャルルに、名前で呼ばれ、しかも「様」をつけられたことが大きかった。

はじめての「人間扱い」なのである。

しかも、破ろうとしても、どうにもならない大きな壁である「金」を、シャルルは、いとも簡単に破ってしまった。

その上、心の傷でもあった「今までの獣の所業」を、シャルルは全部引き受け代わりに神に謝ると約束してくれた。


「バラクは本当に命がけでシャルル様を護るだろうさ」

ぺトルスは、シャルルにピタリと張り付いて離れないバラクを見て、クスッと笑う。

「ああ、メリエムが嫌がっているがな」

ハルドゥーンはメリエムの面倒そうな顔を笑う。

「まあ、シャルル様のことだ、また、何か手当をするだろうさ」

ぺトルスは、シャルルが船上で一人の若い寡婦と話している姿を見ている。

「ククッ・・」

ハルドゥーンが笑うと、その寡婦はバラクの横に座った。

「結局四人で座っているな、バランスってことか」

ペトルスは、舌を巻いている。



ヨロゴスも、その様子を見ていた。

「全く信じられない男だ、シャルルって奴は」

「あのバラクを心服させ、しかも・・・相手まで探してしまった」

ソフィアも不思議そうな顔である。

「私は哲学の家で育ったんだけど・・・」

「シャルル様って、哲学はまだまだかもしれないけれど・・・」

「人の心を、引き付ける力が強い」

ヨロゴスの隣に、おそらく妻と思われる女性が立った。

「噂だと、自分に敵対する人とか、暗殺者を含めて、味方に引き込むらしい」

「ただ、お身体が弱いとか」

知り得た情報を話す。

「そうか、ニケ、ありがとう、助かる」ヨロゴス

妻はニケと言う名前らしい。

「でも、久しぶりだね、こうやって三人で」

ニケが微笑んだ。

「そうだねえ、みんなシャルル様のおかげだよ」

ソフィアも笑っている。

「そうだな、それは事実」

「シャルルへの教育は手を抜かないけれど、その上ビザンティンの膨大な書物が魅力さ」

「アテネ以外の学問もわかる」

ヨロゴスは、頑固ながらも、シャルルの恩義を感じている。


「ふん・・・あのヨロゴスも心服・・・」

ハルドゥーンはニヤッと笑う。

「ただなあ・・・体調というか健康だよな、唯一の欠点は」

ペトルスは、今日の朝も小食なシャルルを思い出した。


「まあ、修道院育ちは、過食を慎む習慣がついてしまうんだけど」

「それにしても、小さなパンとヨーグルトだけっていうのはなあ・・・」

「テオドシウス帝の前で、小食をされると・・・」

ハルドゥーンは、今度は難しい顔になる。


「おそらく人に幸せを与えることには熱心で」

「それを支える自分の身体のことなど、何も考えていない」

「これで、もし疫病とかにかかれば」

ペトルスの顔が厳しくなる。


「おいおい!」

「怖いことを言うな!」

ハルドゥーンはペトルスの肩を叩く。

そのペトルスの顔がさらに厳しくなった。


「疫病の前にだ」

ペトルスは遥か先を見ている。


「コバエが寄って来る」

ペトルスは小さくつぶやいた。

確かにはるか先に、小舟が大量に浮かんでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る