第54話父と娘

ヨロゴスの動揺の原因はすぐにわかった。

部屋の中に、ヨロゴスによく似た若い女性が入ってきたのである。

あまりにもよく似ている。

一見して、ヨロゴスの娘だと、シャルル、ハルドゥーン、メリエムは理解した。


「お父さん!」

「何てことをシャルル様に言っているの!」

「こんなアテネの恩人に屁理屈並べて!」

おそらく娘はヨロゴスに強く怒った。


「いや・・・ソフィア・・・」

「そういう意図はない・・・が・・・」

さしもの、哲学者ヨロゴスも娘ソフィアにはタジタジである。


「あのね、シャルル様は、イエスの教会から、もの凄いお宝を受け取り、それをアテネの港の整備のため、全部寄付したの」

「アテネの人も旅人も、全員喜んでいるし」

「教会の人は嫌いだけど、本当にうれしそうだったよ」

「港湾の整備作業まで手伝うなんて言いだしているし」


ソフィアが言葉を続けると、ヨロゴスの顔が著しく変化した。

ソフィアからの情報は、ヨロゴス自身がしっかりと聞いていないことであった。

そもそも、ヨロゴス自身が他人の噂など、全く気にしないこともある。


「哲学者とか何とか言う前に、お父さんは歴史あるアテネ市民なんだよ!」

「まずは、哲学とか宗教の前に、シャルル様へのお礼だよ!」

「シャルル様のお計らいで、街の人が本当に元気になってきたもの」

「教会の人とも、気兼ねなく話せるし」

ますますソフィアの舌鋒は激しい。

ある意味、ヨロゴス譲りかもしれない。


「だいたいね、お父さんって、市民として人に喜ばれることしたことある?」

ソフィアの次の言葉がヨロゴスの胸を鋭く射抜いた。

あまりのショックで、「哲学者ヨロゴス」は椅子に座り込んでしまった。


父と娘の会話を見守っていたシャルルが、おもむろに口を開いた。

意気消沈して座り込むヨロゴスの前に立つ。


「ヨロゴス先生」

丁寧な声掛けである。

シャルルはヨロゴスが顔をあげると、黒猫をその膝の上に置く。

ヨロゴスは、おそらく、かつての飼い猫の頭を自然になでる。


「私が考えている神は、猫をあやすヨロゴス先生と同じ」

「そして」

シャルルは、既に泣き出しているソフィアを見る。


「泣いている娘さんを、抱きしめるお父さんと同じです」

シャルルの言葉で、ついにヨロゴスまで泣き出してしまった。

黒猫も雰囲気を察知したのか、ヨロゴスの膝から降りた。

シャルルが、その黒猫を抱き上げる。


「お父さん、ごめん」

「ソフィア・・・」

二人がしっかりと抱き合ったことを見届け、シャルルはメモを残し、部屋から出た。

ハルドゥーンとメリエムが慌てて続く。


「ねえ、なんて書いたの?」

メリエムは、急な展開で驚いている。


「ああ、講義へのお礼と」

「たまには家族旅行ということで、ビザンティンに着いたら、三人でいらしてくださいと」

「お金は、テオドシウス様からになるかなあ」

「シャルルからでもいいけれど・・・」

「ビザンティンに来てもらって、そこでしっかり講義を受けたいので、出張旅費も出しますって書いた」

シャルルはそこまで言って、ハルドゥーンの顔を見る。


「すみません、ハルドゥーン様、出張旅費を明日の朝、渡してください」

「出来れば、一緒の船でと」

シャルルの言葉にハルドゥーンは頷いた。


「そうだねえ、今夜は家族水入らずで・・・」

「気が変わらないうちに、明日の船に乗せる・・・ですか」

ハルドゥーンは、またしてもシャルルの計略に驚いている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る