第49話哲学者ヨロゴス

シャルルはようやく歩き出すことができた。

仲間に引き入れたバラク、それも奴隷としてではない。

持ち主にしっかりと金を支払い、一人の市民としての同行を行わせている

また、アテネの聖職者の中から、その代表者がシャルルに同行した。

アテネの聖職者界にとっても、アテネ滞在中のシャルルの活動を把握していなければならない、そんな理由である。

また、当然のようにハルドゥーンの部下がしっかりと周囲を固める。

万が一にも、シャルルの身の安全を確保しなければならない。

遠方のイタリア半島ではない。

既にビザンティンは近づきつつある。

このアテネで健康状態に何等かの支障が発生した場合、ビザンティン入りが遅れることにもつながり、ますます、首を長くして待つ皇帝テオドシウスの怒りを招きかねないのである。


「ところで、シャルル様、このアテネでどちらへ?」

ハルドゥーンはシャルルに直接尋ねた。

シャルルも、至極簡単に応える。

「ああ、我がままを言ってもうしわけありません」

最初は謝辞だった。

しかし、その次にシャルルが唱えた名前に、ハルドゥーンは腰を抜かしそうになる。

「ああ、ヨロゴスさんと言って、哲学者らしい」

「さっき商人に聞いたんだけど、アテネを代表するとなると、ヨロゴスさんらしいから」

シャルルはそこまで応えて、狭い石畳の街を歩く。


「何だって、よりによって、イエスを否定する学者のところに」

「イエスどころか、聖書そのものに、異論を唱えている」

「その言動の激しさのため、ろくな生徒もつかない」

「細々と家庭教師をして暮らしているとか」

「このシャルルがイエスや聖書を否定する人物に自ら会いに行くとは」

「・・・どうなることやらだ・・・」

ハルドゥーンはメリエムの顔を見た。

しかし、それほど心配の様子もない。


メリエムもハルドゥーンを見た。

「ああ、大丈夫」

「暴力を振るう人でもなく」

「金に執着する人でもない」

「シャルルには、気分転換でいいのかもしれない」

メリエムは、ハルドゥーンが感じた通りのことを言ってきた。


「そうだなあ・・・」

「シャルル様のことだ、きっと解決策を考えているに違いない」

「行って話を聞き、シャルル様がどう考えるか」

ハルドゥーンは、再びシャルルの横顔を見る。


「おお、そんなことを考えていたらついてしまったようだ」

ハルドゥーンの見た通り、シャルルの足は止まった。

小さな2階建ての建物の前である。

商人の口からシャルルの名前が出て、また港湾の騒動が広がっているのか

市民はその建物の前に集結している。


「さて、ヨロゴス様は」

シャルルはやんわりと、建物の入り口に立つ、初老の男に頭を下げた。


その男もやんわりと応えた。

「ああ、とにかく案内しよう」

「部屋が狭いので、入れても五、六人ぐらい」

物腰も非常に柔らかい。

少なくとも、聖職者が見せた「権威主義、豪華絢爛主義」など、何も感じさせない。


シャルルは、家についた途端、そのヨロゴスに問いかけた。

「わざわざ、申し訳ありません」

「何しろ道不案内でして」

少し頭を下げ、軽く会釈したのち、再びその男に言葉をかける。


「おそらく、貴方様は・・・ヨロゴス様?」

シャルルとしては、「皮膚感覚」である。

それだけでヨロゴスと判断している。


「ふ・・・」

「まあ、仕方がないか。見破られては」

「いかにも、ヨロゴスである」

「それで、聞きたいこととは?

ヨロゴスの大きな目が、ギョロッと見開かれている。

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