第47話シャルルの呆れる発言

その大男は、髪の毛がまるでない。

浅黒い肌、ぎょろついた目、口ひげはともかく、全身が筋肉の固まり、それも柔らかで俊敏さをうかがわせる。

明らかに、格闘の力を感じさせるが、だからと言って兵士のような一種訓練の行き届いた正統的な力ではない。

何より無理やり相手を抱きかかえ、投げつける古代ローマの格闘士のような不気味な迫力に満ちている。


「さて、シャルル様とやら」

その大男は、低く声を出した。

「どういう了見ですか」

「我々の主人が、ありがたくも、ご招待申し上げておられる」

「それを、振り払い、どこぞの、わけのわからない輩のところに赴こうとされる」

「余計なことはよしなされ、ここは素直に招待を受けるというのが、人としての道」

大男は、そう言ってシャルルの前に一歩足を出す。


ハルドゥーンも、その男の動きを警戒していた。

「まあ、こいつは金で雇われた用心棒」

「教会に反対する勢力を蹴散らす」

「教会の意向に沿わない哲学者や他宗のものを暗闇で始末する」

「ただ、こういうやつは、頭はそれほどよくない」

「暴れ出してしまえば、加減が出来ない」

「シャルル様は嫌がるが・・・」

ハルドゥーンは、部下に目くばせ、部下も一斉に腰の刀に手を添えた。


緊張した雰囲気が流れる中、シャルルはようやく口を開いた。

あくまでも雰囲気は今までと変わらない。


「ところで、私はシャルルですが」

シャルルは、大男をみつめた。

「何を今更・・・」

大男は、あまりにもとぼけた反応に、シャルルを小馬鹿にしたような顔になる。


シャルルは続けた。

「まず、初対面の人に語り掛ける前は、自らの名前を告げるべきでは」


またしても、拍子抜けするような質問である。

ここで、小馬鹿にしていた男は笑ってしまった。

「ふ・・・ここのアテネのことは知らないか」

「なら、教えてやろう」

「拳闘士だったバルクだ」

「今は、理由があって、教会の警護を行っている」

そのバルクの名前で、いつのまにか、港の不穏な状況で集まって来た群衆が騒ぎ出した。


「お・・・あのバルクかい」

「ライオンの首を捩じりたおしたバルク?」

「拳闘士をやめて、教会の用心棒か」

「かなりな借金があったって聞いたけどなあ・・・」


そんな群衆の声を聞いてか聞かずか、シャルルは次の質問をした。

「ところで、バルク様はこちらの教会のお方ですか?」

またしても、とぼけた質問である。

ハルドゥーンもメリエムにしても、首を傾げた。

ただ、それを言われたバルクの顔が少しおかしい。


「あ・・・いや・・・教会そのものではない」

「あくまでも、教会に恩義があって・・・」

「それに、バルク様と言われるほどのものではない」

バルクの顔は、明らかに狼狽している。



「おい・・・バルクに『様』なんてつけるから」

ペトルスがくくっと笑う。

「ああ、奴隷になあ・・・様とはなあ・・・さすがシャルル様」

ハルドゥーンも面白そうに狼狽するバルクを見る。


「おそらくな、ただ番犬と暗殺で雇われただけ、それも借金を教会が肩代わりして」

ペトルスは、続けた。

「教会そのものに、入ったことはないだろう、入れてもらえる身分じゃないな」

「だからここで、シャルルに教義のことなど聞かれても何も応えられない」

「教会だって、それは、面子もなくなる」

「ただ、暴力的に名高いシャルルを拉致したとな」

「それがテオドシウス様の耳にでも入ってみろ」


そこでハルドゥーンはようやくシャルルとバルクの前に姿を現した。

「ああ、聖職者諸君、そしてバルク」

「おれは、ハルドゥーンだ」

「何かあれば、その地の全権をテオドシウス様と東ローマの教会から委任されている」

「特に、シャルル様に対する無礼は、厳罰に処す!」

ハルドゥーンは大声で、自らの名前と職務を言い放った。


途端に聖職者とバルクの表情が変わった。

変わったというよりは、怖れに満ちている。


「く・・・馬鹿な聖職者だ。何が教会だ」

「ハルドゥーンが付いているのを、甘く見たか、それとも情報を整理していないのか」

「内部の足の引っ張り合いばかりで、下っ端の情報など伝わらないのか」

「一つの教義に凝り固まる連中は、どこか抜ける」

「明らかに無礼を働いているじゃねえか・・・」

ペトルスが、呆れているとシャルルがようやく口を開いた。


「あの、バルク様、教会と、特別に関係がないのなら、私について来てください」

「はい、その分の謝礼はお支払いいたします」

「見知らぬ土地です、警護の方は、いくらでも多い方が安全です」

「ああ、人も多過ぎると、交通の障害になりますので、バルク様だけで十分です」

またしても、シャルルの呆れる言葉である。

これには、シャルル以外の全員が、何も口を開くことができない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る