第44話甲板上の戦略会議

東ローマ帝国皇帝テオドシウスの船は、イオニア海を進んでいる。

幸い、風向きと天候にも恵まれ、順調な船旅である。

その豪華な船には、ビザンティンを出航する際には、考えもしていなかった人々が乗っている。

すなわち、シャルルが主張した「ビザンティンまでの旅行者、健康に不安がある者、高齢者、女性、子供」たちなどである。

尚、それらの家族も同様に乗船を許され、決して家族が離れ離れにならないような配慮がなされている。

また、「本来は暗殺者」だった、薬売り一家も生まれ変わったかのように、懸命に病人に治療を施している。



「ふぅ・・・何とか、出航できたな、この風なら問題はないか」

他の乗船客による混雑を避け、ハルドゥーンは甲板に立つペトルスの横に歩いて来た。

「ああ、これなら、いいだろう」

ペトルスも、ハルドゥーンの判断に同意した。

ハルドゥーンにとっても、心強い限りである。


「ああ、それからな・・・」

ペトルスはハルドゥーンの横顔に話しかけた。

「とにかく、全員が全員だ」

「全員が、シャルルに感謝しているし、船の中も平和だ」

「こんな船旅は、初めてだ」

ペトルスは、本当にシャルルに感服しているらしい。

そのペトルスをハルドゥーンがからかう。


「まあ・・・お前のような、元は海賊・・・」

「今はやっとのことで、ご立派な船を操れるようになり」

「お前にとっては・・・」

ハルドゥーンはニヤッと笑う。

しかし、すぐに顔を引き締めた。


「こんな、のん気な船旅は、逆に難しいだろうなあ」

「こういう船旅より、まとわりつく小舟を蹴散らしていた方が楽じゃないのか?」

「まあ・・・シャルル様が乗っていなければ、何でも出来るだろうが・・・」

「何しろ、争いとか血を嫌がる」

「その事態になったら・・・どうするかさ・・・」

ハルドゥーンの声は、次第に低くなる。

ペトルスの顔も、のん気な船長から、海戦の将の顔に戻った。


「ああ、つまり、相手に危害を与えず、自らにも損害を被らない闘いか」

「・・・となると・・・操舵には、完璧を期さねばならない」

「万が一にも、不要な衝突を避ける」

「武器は・・・威嚇のみ・・・か・・・」

ペトルスは考え込む。


「となると・・・出て来る相手を考えねばならない」

ハルドゥーンは、ペトルスの目を見る。


「まあ、表立って、テオドシウス帝に逆らう者はいないが・・・」

「ただな・・・」

ペトルスの目は厳しくなった。


「うん・・・となると・・・海賊かい?」

ハルドゥーンはペトルスの考えを読んだ。


「ああ、海賊はな、俺もそうだったが、そもそも、陸上の支配者などは興味がないし、仕える気など、サラサラない」

「とにかく、海の上では海が主人、人間がどんなに偉いことを言ったとて、海の神の怒りには、かなわない」

「そこを踏まえて・・・海賊は、他の船を襲う」

「波風を上手く利用した者に、有利がある」

「陸上の権威など、海の上なら。ゴミにもならない」

「ただ、自らの有利を確保して、襲うだけ」

「襲うのも、殺すのも、奴隷にするのも・・・全て金と自らの安全のため」

「殺さず誘拐すれば身代金、奴隷にすれば売れれば金になる」

「奴隷にする場合にしても、若さ、健康さが第一、男も女も」

「何しろ、金にもならず、奴隷にも出来ない年寄り、病人は、襲ったら海に捨てるしかない」

ここで、ペトルスは、饒舌になった。


「ふ・・・まるでシャルル様と逆さ」

ハルドゥーンは、くくっと笑う。

しかし、目は笑っていない。


「この船にな・・・シャルル様が乗っていることは、おそらく誰もが知っているし」

「ハルドゥーンが同時に乗り、船長はペトルスだ」

ハルドゥーンは、顔が厳しい。


「ああ、海賊からすれば・・・つまり金持ちのシャルルからは身代金」

「ハルドゥーンとおれは、身代金か奴隷ってことか?」

ペトルスは遠くの海を見た。


「うーん・・・お前の心配はわかるが・・・」

少しペトルスは間を置いた。


「もし、襲ってくるとなると・・・」

「よほど、食い詰めた奴が・・・」

「それも、一瞬にして、この船を取り囲まないと無理」

「この船の装備からして、長期戦には絶対負けない」

「となると、命がけの勝負を仕掛けて来る奴か」

ペトルスの頭は、本当に高速回転しているようだ。

言葉の順番も、揃っていない。


そんなペトルスを見て、ハルドゥーンが囁いた。

「実は、さっき、その話をシャルル様にしたんだ」

驚くペトルスにハルドゥーンは、たたみかけた。


「まあ、実にアッサリとした応えだった」

「呆れるほどな・・・」

ハルドゥーンは一転、ニヤニヤと笑っている。

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