第33話ナポリとの別れ
シャルルはナポリでの体調回復もあり、初めての船体験や釣りも無事行うことができた。
シャルルは、そのお礼の意味を込めて、教会などで講義の弁を取るようになった。
若年ながら、ミラノの修道院で徹底的に仕込まれた教義解釈は、ナポリの教会でも群を抜いて評価された。
また、時折は、滞在する屋敷内の小さな教会で、一般の客にもわかりやすいイエスの言葉なども説明し、これも評判を博した。
そんなシャルルのナポリ滞在が長引くにつれ、ナポリの街を訪れる旅行者や商人、聖職者などの数が著しく増加するようになった。
それにより、旅行者相手の旅館や飲食店他、様々な商店の売上も増加の一途をたどった。
「街の旅館や商店もホクホク顔ですよ」
「ミラノとの関係もますます発展、また他の街や諸外国との商人との交流も深まった」
「それも、ナポリとだけでなくね、それぞれの街と街、街と国、国と国など交流が上手に深まっているようです」
「こんなことは、今までは考えられない」
「これなら、体調が回復しても、他所にいかず留まってもらいたいぐらいですよ」
マルコは、本当にうれしそうである。
そしてシャルルとハルドゥーンの集団に、「ナポリに留まってもらいたい」という声は日増しに高まった。
「もし、シャルル様とハルドゥーンの集団が、このナポリからいなくなれば、ただ寂しいだけではない、旅行者もここには留まらなくなる」
「そんな商業面での衰退は計り知れない」
「もともと、健康面で不安があるのだから、無理して旅をさせてはいけない」
「途中で、また倒れられたらどんなに不安か・・・ナポリとしても口惜しい」
そんなあまりの反響の大きさに、笑顔のシャルルは別にして、ハルドゥーンとメリエムは逆に不安を感じるようになった。
「あれほど聖職者の関心と心を捉え、またナポリの住民だけではなく旅行者からも高い人気だ」
「実家の商売の力もあり、ナポリの商業振興にも多大な貢献をしている」
「何やかんやといって、旅立ちを阻害してくるのではないか」
ハルドゥーンは、旅立ちのタイミングをはかりかねている。
ハルドゥーンとしても、東ローマ帝国皇帝の家臣、「極力早期に、ビザンティンに連れてくること」の指令を守らねばならない。
メリエムも同じようなことを考えていたが、少しだけ違う視点もある。
「シャルルの話を聞いているナポリの娘たちの視線が気に入らない」
「隠れて贈り物を渡したいようだけど、メリエムがついているからそれが出来ない」
「最近は、私まで睨んでくる」
「それは、シャルルはきれいな顔立ちで、基本的には裕福」
「でも、絶対渡さない、ひ弱なシャルルの面倒を見ることができるのは私だけ」
メリエムはシャルルの体調の完全な回復が、本当に待ち遠しい。
ハルドゥーンとメリエムの心配が頂点に達する頃、シャルルはそれを察知したらしい。
いつもの教会堂で、いつも通りの説教を終えた後、おもむろに「ナポリとの一旦の別れ」を、集まった夥しい聴衆に向かい、語り出した。
「ここに集まられた、主にナポリの皆様方、本日は残念なことを言わねばなりません」
シャルルは、少しうつむき加減である。
そのシャルルの顔を見て、聴衆は不安にかられたのか、咳払い一つせずシャルルを見つめている。
「私は、本来はテオドシウス様のお招きにより、極力早期にビザンティンに出向かなければならない身」
「しかし、このナポリに来る前、ローマに入る前から体調を崩し・・・そしてこのナポリの皆さまの深いご厚意により、今は特に生活で問題が生ずることがないほど、回復することができました」
「本当にこのことは、感謝してもしきれないほどです」
シャルルは、ここで声を詰まらせた。
聴衆の目がさらに、シャルルに引き付けられる。
「しかし、最初に申し上げた通り、極力早くのテオドシウス様のご依頼です」
「それを、違えるわけにはいきません」
「今は、まず、そのご依頼を果たし、その後なるべく早く、このナポリに戻ってきたいと考えています」
「本当に、ここの魚介類の煮込み料理は美味しかった」
「是非、ここで再び、食べられるよう、是非、ご協力をお願いしたいのです」
シャルルはそこまで言い終え、柔らかく笑った。
静かさが保たれていた聴衆から、拍手が次第に沸き起こった。
「早く帰って来てくれ!」
「元気でな!」
「土産もたくさんだぞ!」
「帰る時は、メリエムと三人かい?」
「しっかり食べてしっかりな!」
「はやく赤ん坊が見たいよ!」
シャルルとメリエムが赤面するような声まで聞こえてくる。
「シャルル様の、率直としか言いようがない話だ」
「逆に、それが心を打った」
「確かに、ここでシャルル様を引き留めて、東ローマを敵に回すのは賢明ではない」
「それをするよりは・・・か・・・またここに戻り、煮込み料理とはなあ」
「誰も傷つけず、さすがシャルル様だ」
「これは、政治の資質もあるかもしれない」
ハルドゥーンは、舌を巻いた。
「まあ、シャルルらしい・・・」
「でも私の料理より、ここの煮込み料理をほめるってどういうこと?」
メリエムは、多少口惜しい部分もあるらしい。
「だったら、メリエムが煮込み料理を覚えればいい、まだまだ時間はある」
ハルドゥーンの言葉にメリエムは、恥ずかしそうに笑った。
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