エピローグ

王様の耳は猫の耳!!

「結局、あなたに助けられてばかりですね母さん……」 

 眼の前にある真新しい墓石に、カットは話しかける。そんなカットに応えるように、温かな春風がカットの猫耳を優しくなでた。

 亡くなったヴィッツに猫耳をなでられてときの感触を思い出し、カットはそっと猫耳にふれてみせる。不思議と苦笑が顔に滲んだ。

 周囲を見渡す。

 冬の象徴である雪は消え去り、ブルーベリーの花が墓所ある崖を彩って

いる。

 今は春。

 フィナと初めて出会った季節だ。

「時が流れるのは早いですね」

 風にゆられるブルーベリーの花を眺めながら、カットは呟く。

 フィナを救い出したあとは本当に色々とあった。

 そのせいか、このあいだまでの出来事が随分と昔のことのように感じられる。

 それに今日は――

「カットっ!」

 愛しい人に名を呼ばれ、カットは笑みを浮かべていた。笑みを浮かべたフィナがこちらにやって来る。

 彼女は、鮮やかな花嫁衣装に身を包んでいた。

 ドレスの布地はブルーベリーの花を想わせるクリーム色。布地には、美しいローズマリングが施されている。美しいヴェールで飾られたフィナの黒髪は結い上げられ、ブルーベリーの花で飾られていた。

「みんなが待ってますよっ」

 赤い眼を細め、フィナはカットの手を握ってくる。

「ごめん。母さんに結婚の報告してた」

 そんなフィナにカットは応えてみせる。

 ――命令です。俺のお義母になってください。

 ムルケに放った言葉をふと思い出し、カットは苦笑する。

 あの瞬間、カットは彼女に剣を突きつけながらそう命じたのだ。

 ヴィッツすらも凌ぐ魔女を相手にすることに、カットは動揺を覚えていた。だがムルケはフィナの母親だ。フィナを誰よりも愛し、その気持ちがカットへの敵対心となって表れたに過ぎない。

 だから、カットは笑顔を浮かべ、お義母にこう告げだ。

 ――フィナを幸せにします。だから、あなたの大切な娘さんを僕にくれませんか? 一緒に暮らしましょう。お義母さん。

 あのときの唖然としたムルケの表情を忘れることができない。彼女は大きく見開いた眼でカットを見つめたあと、腹を抱えて笑ったのだ。

 そしてカットに告げた。

 ――私の負けだ……。

「カットっ」

 フィナに呼ばれ、カットは我に返る。気がつくとフィナの不満そうな顔が眼の前にあった。

「ごめん、考え事してた……」

「もう、みんな待ってますよ」

 カットは微笑みフィナに返す。フィナは苦笑しながら、後方へと振り返った。カットもフィナに倣って、教会へと顔を向ける。

 あたたかい春の太陽に照らされ、氷の教会はアイスブルーの光を放っている。

 氷の教会はムルケが魔法で造りあげてくれたものだ。

 焼け落ちてしまった教会を修復するには莫大な時間がかかる。

 そのため、彼女は和解の意味も込めてこの教会を建ててくれた。

 尖塔についた氷の鐘が玲瓏とした音をたてる。

 もうすぐ、式が始まるのだ。

「なんか、まだ実感がわかないな。君と夫婦になるなんて……」

「私もですよ」

 フィナが微笑んで、カットの猫耳に手をのばす。細い指先でフィナはカットの猫耳を優しくなでていく。

「フィナ?」

「結局、私の呪いは消えないんですね」

「あぁ、これ」

 寂しげに笑うフィナに、カットは得意げに微笑んでみせる。次の瞬間、フィナは驚きに眼を見開いていた。

 カットの猫耳が消え、普通の耳になっていたからだ。驚くフィナにカットは言葉を続ける。

「実のところ、とっくに呪いは解けているらしい……。俺がフィナを忘れられなくて呪いが解けなかったっていうレヴの推理は、当たっていたみたいだ。きっかけは、フィナが俺の額にキスをしてくれたせいだと思う。その次の日に猫耳が人の耳に戻っていた……。戻っていたんだけど……」

「カット……」

 フィナが唖然と声をあげる。カットの耳がもとの猫耳に戻ってしまったせいだろう。

「でも、こうやって意識しないとすぐに猫耳に戻ちゃうんだ……。だから、これは解けたというのか、呪いがかかったままというのか……。どっちなのかなぁ、フィナ」

 返答に困りカットは曖昧な笑みを浮かべてみせる。そんな彼を見て、フィナは苦笑を浮かべていた。

「なんだか、あなたらしいです。でも、いいじゃないですか。猫耳の王様がいても。だって、その猫耳――」

 フィナが頬を赤らめカットから顔を逸らしてしまう。そんなフィナの反応が愛らしい。カットは満面の笑みを浮かべ、フィナに言葉を返していた。

「うん、君が好きだからこのままなんだと思う」

「カット……」

「命令だよ、フィナ。一緒に幸せになろう」

 ぎゅっとフィナの手を握り返し、カットは彼女に告げる。

 笑みを浮かべ、フィナはカットを見つめた。

「はい、喜んで」

 猫耳に嬉しそうなフィナの言葉が響き渡る。

 そっと2人は手を繋ぎ、みんなの待つ氷の教会へと向かっていた。

 教会の前に、一組の男女が立っている。

 ウルと、黒いドレスに身を包んだムルケだ。2人は気まずそうに顔を見合わせ、カットたちに視線を送ってきた。

 そんな2人に、フィナが駆け寄る。2人を抱きしめ、フィナは満面の笑みを顔に浮かべてみせた。

 愛らしい娘を抱き寄せ、ウルとムルケはお互いに顔を見合わせる。その2人の顔に笑みが浮かんでいるのを、カットは見逃さなかった。

 その横にティーゲルが歩み寄ってくる。彼は幸せそうな花嫁の親子を優しい眼差しで見つめていた。

「あれー!? さっそく愛しの花嫁を義父さんと義母さんにとられてますよぉ。陛下っ!」

 弾んだ声が聞こえ、カットは後方へと顔を向けていた。赤いノルウェージャンフォレストキャットが、翠色の眼を細め笑っている。

 彼の首は愛らしいブルーベリーの花輪で飾られていた。

 彼の周囲には、たくさんの猫たちが集っている。猫たちは、嬉しそうに眼を煌めかせカットを見つめていた。

「あなたは俺たち猫の王様でもあるんだから、ちゃんと花嫁さんは幸せにしないとねぇ」

「にゃー」

 レヴの言葉に、レヴの隣に座るアップルが弾んだ鳴き声をあげる。カットは笑みを浮かべ、言葉を返していた。

「幸せにしてみせるさ。お前たちの猫のことも、フィナのことも、この国も。俺は、猫耳の王様だからな――」

 

 




 これは、昔々のお話だ。

 その国には猫耳を持つ王様がいた。王様は自分に呪いをかけた魔女を愛し、彼女と結婚したそうだ。

 そして王様はその猫耳と共に、末永く国民に愛され国を豊かに治めたという。

 彼は猫たちの王様でもあった。

 その証拠に、彼の隣にはいつも愛らしい猫たちがいたという。





                 王様の耳は猫の耳!! END

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