第23話 The shade

 日陰で猫が寝転んだ…。


 花屋の店先から木陰に寝転んだ猫。

 寝子と書いて猫。


 よく眠る動物だと思う。

 羨ましいとも思う。


『自由』という言葉が最も当てはまる生き物だと奈美は思っている。


 バケツの水替えをしながら、猫を眺める。

 ふわぁ~と猫があくびをする、奈美にもあくびが移る。

 あくびは伝染する、猫から人に移るのかは定かではないが、奈美の今のあくびは、あの猫から伝染したものだ。


 床に落ちた花びらを集めては保存ビンに入れる。


 ペタペタ張り始めて、2週間。

 大分、形になってきたところだ。


 大まかな輪郭は花びらを、そのまま貼り付け、細かな陰影は細かくした花びらをセメダインを塗ったキャンバスにハラハラと落とす。


 凸凹した表面が、奈美の意図しない陰影をもたらす。


『山下ナントカさん』の作品に比べると、やはり拙い。

 自分で切り絵紛いの絵を創作してみると、『山下ナントカさん』の作品の凄さが解ったのだ。

 その証拠に、『さん』という敬称が付いた。


「あの花火の絵、凄かったんだな~」

 思わず声に出して、記憶を引っ張りだそうとする。

 もっと、よく見ておけば良かった。


 舞華まいかさんが配達から戻って、慌ただしく2階へ駆け上がっていく。

 今日は、フラワーアレンジメント教室の日。

 あと数十分もすると、生徒さんが訪れるのだ。

「大変、大変」

 と呟きながら、2階でバタバタしている舞華さん。

「奈美ちゃ~ん、お店から花を適当に見繕って運んでくれる~」

 普段は、使う花は自分で選ぶ舞華さん。

「は~い」

 奈美は、なんだか花を見繕うということが嬉しかった。

 任された感があった。

 バケツに水を汲んで、花を選ぶ。

 出来るだけ、たくさんの色を混ぜながら。

「これでいいですか~」

 奈美が見繕った花を舞華さんに見せる。

 じっと花を見て

「OK ありがと」

 笑う舞華さんの顔が嬉しかった。


 3時間ほど店番をして、教室の生徒さんが帰った後、片づけを手伝ってバイトをあがった。


 店を出ると、昼間の猫と目が合った。

 しばらく動けずにいた1匹と1人。


 ジリッと後ずさる猫、目を逸らさぬまま距離を空けた…ピョンッと跳ねるように身体を反転させて路地の方へ行ってしまった。


 店と店の隙間をトトトトットっと抜けていく猫。

 なぜだか、後を付いていく奈美。


 子供の頃には、よくこんな風に抜け道しながら歩いていた。

 日陰から日陰へ…。

 いつからだろう、こういう場所を避けるようになったのは?

 靴が、服が汚れる。

 なんだかジメジメして、気持ち悪い生物がいて、避けていくのは、いくつくらいからなのだろう。


 猫のしっぽを追いかけながら……。

 大通りの喧騒が遠くなっていく……。


 そして……日陰を抜けた先は、あの路地…風俗街のど真ん中。

 今、奈美は、なかなか踏みこめなかった路地の真ん中に立っている。

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