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「ところで、君はそれをいつまで付けている気だ?」
ヴァレッドがそう発したのは、昼食が終わり、二人で一緒に自室でレオポールからの報告を待っているときだった。『それ』と言って、ヴァレッドが視線を投げた先には、緑色のブローチがある。ティアナの胸元にしっかりと輝いているブローチを眺めながら。ヴァレッドはまるで拗ねたように唇を尖らせた。
「そんなに気に入っているのか?」
「あぁ、これですか? ジスさんにお守りとして戴いたので肌身離さず身につけているのです。これのおかげでヴァレッド様とも仲直り出来たような気がしますし!」
実際はそれが喧嘩の原因の一つなのだが、そんなことを知るよしもないティアナは、頬を桃色に染めならがそう笑った。その可愛らしい表情に、ヴァレッドは更に拗ねたような表情になる。
「俺の指輪は付けないのに……」
「え、何か?」
「……なんでもない」
緩く首を振って、ヴァレッドはティアナに向かって右手を差し出した。
「ティアナ、それを貸せ」
「これですか? はい、どうぞ」
「これは没収だ。俺が後から代わりの物を用意してやる」
そう言ってヴァレッドがティアナのブローチを取り上げると、ティアナが焦ったような声を出した。
「えぇっ!? そんな、困ります! 返してくださいませ!」
「嫌だ! 第一、他の男から貰った物を、堂々と夫の前に付けて出てくる君が悪い!」
「なぜですか!?」
「自分で考えろ!」
ティアナとしては憧れの小説家から貰ったものなので絶対に取り上げてほしくないのだが、そんな事情を知らないヴァレッドは高々とブローチを掲げながら、彼女から顔を逸らす。その表情や仕草はまるで子供のようだ。
ティアナはそんなヴァレッドに体重を預けながら、彼の右手へと必死に手を伸ばす。
「ヴァレッド様、返してくださいませ!」
「嫌だと言ってるだろう! 俺は君がこれを付けているところを見たくない!」
「なぜですか!?」
「だから、自分で考えてくれ!」
未だに自分の気持ちを正直に伝えられていないヴァレッドである。ティアナの疑問に馬鹿正直に答えるわけにも行かない彼は、彼女が届かないようにと、更に高々とブローチを掲げた。
「大体、なんでそんなにこれが大切なんだ!?」
「それは、ジスさんから戴いた物だからですわ!」
ティアナの言葉に、ヴァレッドは一瞬固まった。そして、悔しさと切なさの入り交じったような声を出す。
「君はやっぱりあの男がいいのか? 具体的にはどこがいいんだ? 容姿か? 性格か?」
「そうですね。やはり、お仕事でしょうか!」
ティアナのその答えに、ヴァレッドは「仕事?」と、オウムのように彼女の言葉を繰り返した。そして、じっとりとした視線を彼女に向けた。
「アイツはなんの仕事をしてるんだ?」
「えっと、それは秘密なんです! ですが、とても素敵なお仕事で、私はいつもドキドキしてしまうんです」
ティアナが言う『ドキドキ』はもちろん小説を読んでの『ドキドキ』なのだが、ヴァレッドはその『ドキドキ』を胸の高鳴りと捉えたようだった。
「……君は、俺と結婚したことを後悔しているか?」
気落ちした声でそう問えば、ティアナは目を瞬かせて「え?」と声を上げた。そして、ぶんぶんと首を横に振る。
「いいえ! そんなまさか! 私はヴァレッド様と結婚できて幸せですわ! ヴァレッド様はとってもお優しいですし、素敵なお方です! ヴァレッド様といると、いつも幸せな気持ちになりますわ!」
ティアナの手放しの賞賛に、ヴァレッドは唸るような声を出す。
「でも、君はアイツが好きなんだろう? 本当はああいう男と結婚したかったんじゃないのか?」
「いいえ! ヴァレッド様以外との結婚は考えてもいませんわ! もちろんジスさんも好きですが、ヴァレッド様への“好き”とは全く違う“好き”ですし! ……へ?」
「ん?」
ティアナはたった今自分の発言に気付いたとばかりに首を捻った。その仕草にヴァレッドも首を折る。
「ジスさんへの“好き”と、ヴァレッド様への“好き”は違うんでしょうか?」
「……俺に聞くな」
少しだけ照れくさそうに頬を染めながら、ヴァレッドはぶっきらぼうにそう返す。ティアナはまだ自分の発言の意味をはかりかねているようで、小さく首を傾げていた。
「ところで、この石はなんの石なんだ? 緑色だがエメラルドとも違うようだし……」
「さぁ、ジスさんは貰い物と言っていましたが……。ヴァレッド様は宝石にお詳しいのですか?」
「いや、特に詳しいというわけではなが、有名な鉱石ぐらいは見ればなんとなくわかる程度だな。これはなんだか色が薄いな。まるで色つきガラスのようだ」
ヴァレッドはブローチをひっくり返し、裏の刻印を確かめる。そこには店の名前なのか『NOBLE』と刻印されている。ヴァレッドはその文字を目に留めると胡乱げな声を出した。
「『ノーブル』? ここはあの報告書にあったところか」
「報告書?」
「君も一緒だったのだろう? ヒルデの報告書にあったぞ。偽物の石を取り扱っているという噂を聞いたのだとか……」
その言葉にティアナはあっと声を上げた。ノーブルというのはエルサの店の前にあったの宝石商のことだ。本当はティアナのこくからも報告するつもりだったのだが、ヴァレッドと一悶着あったこともあり、すっかり報告を忘れてしまっていた。
「もしかしてこれは……」
「偽物、か」
ティアナの言葉を引き継ぐようにヴァレッドがそう呟いたとき、二人の部屋の扉がノックとともに開けられた。そこにいたのはレオポールである。
「ヴァレッド様、調査が終わりました。これが報告書です。ティアナ様が調べてくださった方の中で、オークションに物々交換で参加していると思われる人は三名見つかりました。どの方も皆、有名な資産家ですよ」
嬉しそうなレオポールから報告書を受け取ったヴァレッドは、その内容を見て目を見開いた。隣にいるティアナもそのリストを見て、あっと声を上げる。
「ノーブル、こいつらもオークションに参加していたのか……」
そして、ヴァレッドは手元にあるブローチを見て、ふっと笑みを零す。
「なんとか、オークション会場に潜入出来そうだな」
その言葉にティアナとレオポールはきょとんと首を傾げた。
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