謁見の間
扉を開いた先は魔王の謁見の間としかいいようがない空間になっている。
どっしりとした石の柱が列柱となってたちならび、アーチ上の天井をささえ、広間になったさきには複雑な文様をきざまれた玉座の間へとつづいていた。列柱にはひとつひとつ篝火が燃え、あたりを照らしていた。
その玉座の前にミリィは立っていた。
パックの声に彼女は顔をあげた。
はっ、とその顔がよろこびに輝く。
パックは走り出した。
ミリィに向かって一心に走る。
しかしミリィはなぜか一歩も動かず、パックを見つめているだけだ。
ふたりの距離が近づいていく。パックは手を伸ばした。
その指先がミリィの身体に触れるか触れないか、その瞬間、ミリィの姿は消えうせていた。
なにもない空間を抱きしめようとして、パックはたたらを踏んだ。
狂おしくあたりを見回す。
「ミリィ! どこだ!」
大声で叫んだ。
どこだ!
どこだ!
どこだ!
パックの声が木霊した。
あとからドーデン王を先頭に、四人が駆けて来る。みな、パックのまわりに集まった。
「パック! ひとりで先に行っちゃあぶねえぜ!」
タルカスが叱った。パックはうなずいたが、顔を上げて答えた。
「でも、ミリィがいたんだ……ここに。しかし消えちゃった……」
と、ドーデン王が指さし叫ぶ。
「ミリィ!」
指を指した先にミリィが立っている。
こんどは王が駆け出す番だった。
大股に駆けて行き、ミリィに近づく。抱きしめようとする瞬間、ミリィはぱっと消えてしまった。むなしくなにもない空間をまさぐる王は、ぽかんとした顔になっていた。
ほほほほ…………!
女の高笑いが響き渡る。
ぎょっとしてみな声の方向に視線を向けた。
玉座にひとりの女がすわっている。
ラフレシアだった。玉座のとなりにはミリィが立っていた。そしてその足もとには、ヘロヘロがうずくまっている。
全員、玉座に駆け寄った。
さっとラフレシアは手を挙げた。
「お待ち! そこで止まるんだ」
なぜか彼女の命令にみな従っていた。
「面白かったよ、ミリィの影にあんたらが突進するところは、なかなか見ものだった」
「そこにいるのは本物かな?」
教授が声をかけた。
ラフレシアはうなずいた。
「ちょっとしたお遊びみたいなもんだけどね……ようこそ魔王の城へ」
「彼女をどうするつもりだ?」
パックの言葉に、ラフレシアはすこし首をかしげた。
「さあ、どうするか……それは魔王様しだいだからねえ……」
「魔王はここにいるのか? どこだ!」
ラフレシアはにやりと笑った。
すっと玉座から立ち上がると、パックたちの前へと進み出る。ゆっくりとひとりひとりの顔を眺めていって、ドーデン王の前で立ち止まった。
跪く。
頭をたれ、唄うように話しかけた。
「ようこそ我が君、魔王さま!」
「なにっ!」
ドーデン王は思わず腰の剣に手をかけていた。
沈黙がその場を支配している。
みな押し黙り、次の展開にそなえていた。
針で突いたら弾けそうな緊張が張り詰めていた。
ようやくドーデン王は息を吸い込み、口を開いた。
「そちは何を言い出すのか? なぜ、余を魔王と呼ぶのだ?」
ラフレシアは顔を上げた。
「知れたこと。いま、ここにおわすドーデン王こそ、魔王の正体。さあ、ドーデン王よ、そのかりそめの姿をぬぎすて、本来のお姿にお戻りください!」
くくくく……。
ドーデン王は震えだした。腰の剣にかけた手が震え、かちゃかちゃと鳴り出した。
顔色が真っ青だ。
顔を上げたラフレシアはまっすぐドーデン王を見上げている。
にたり……唇の両端が持ち上がり、ゆっくりと彼女は立ち上がった。
一歩、前へ進み王の胸に手の平を乗せる。王は身動きできないまま、なすがままになっている。
「さあ思い出すのよ……あなたこそ魔王」
「ち、違うっ! 余はドーデンの町を治める……」
「ではお聞きしますが、あなたがドーデンの王に即位したのはいつ?」
ドーデン王はぽかん、と口を開けた。
「それは余が……」
言いかけて黙ってしまった。
「あなたのお父上、お母上は?」
ラフレシアにたたみこまれ、ドーデン王は立ち往生している。ひたいからびっしりと汗がふきだし、顎にしたたった。
「しょうがないわねえ……あまりにも本来のじぶんを押し殺してしまって、あたしのたすけがないと思い出せないのね」
ふふふ……とラフレシアは笑うと、のび上がって王に唇を近づけた。
ふたりの唇が重なり合う。
「ドーデン王!」
パックが叫んだ。
ラフレシアは王から身体を離した。
ゆっくりとドーデン王はパックの方を見た。
はっ、とパックは後ずさる。
王の形相が変わっていた。
穏やかなその表情は一変し、目は邪悪に光っている。唇の両端が吊りあがり、にたにたとした笑いを形作っていた。
「ドーデン王!」
もう一度叫ぶ。しかし王は首をふった。
「もはや王ではない。余は魔王である!」
背筋をのばす。声も変化していた。ひくい、軋るような響きを持っていた。
ゆらり、と一歩足を踏み出した。
ずしり、ずしり……と、重々しい歩みである。気がつくと王の背は倍になっていて、見上げるほどの巨体となっている。一歩足を踏み出すごとに、王は変身していた。
指先ににょっきりと太い爪が生え、額に角が突き出していく。耳がぴんと尖り、その口もとには白い牙がのぞいていた。
いまやかれは魔王そのものだった。
魔王は玉座に歩み寄り、ずっしりと腰をおろした。
「ようこそ、わが魔王の城へ……パック、そちには苦労をかけたな」
「あなたは……」
魔王は玉座のとなりで立ちすくんでいるミリィを見た。
「そしてミリィ。そちもよくきた。楽にするが良い」
指先をあげると、がくりとミリィの膝がおれた。その足もとでうずくまっていたヘロヘロはぴょこんと弾んだ。
「動けるぞ! 動ける!」
ぴょん、ぴょんと跳ねてパックのそばへ飛んでいく。
魔王はあごをしゃくった。
「そちの呪いは解けている。さあ、パックのもとへ行くが良い」
おそるおそるミリィは歩き出す。
歩ける!
ミリィはパックに向かって走り出した。
「パック!」
両腕をひろげ、パックに向かっていく。パックもまた腕をひろげ、待ち受けた。
ふたりは玉座の間の前で抱きあっていた。
ようやく身を離したふたりは魔王にむきあった。
「ドーデン……いや、魔王! いったいぼくらをどうするつもりなんだ?」
タルカスが叫ぶ。
「おれたちを殺すのか?」
ゆっくりと魔王は首をふった。
「いいや、そちの命を奪うつもりはない。余がほしいのはそちの人生だ!」
指先をあげ、パックを指し示す。
ぽかんとしているパックに、魔王は語りかけた。
「余はまだ人間でいるときにひとりの女を愛した。そちのそばにいるミリィとそっくりの娘だった……」
ふっと魔王は顔を上げ、目を閉じた。
「そちらに余の人間としての生きたあかしを教えてやろう……」
その瞬間、パックたちの脳裏に魔王の回想が展開していた。
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