洞窟

 ぽっかりとうつろな口を開ける洞窟の入り口。

 パックは入り口を覗き込んだ。

 まわりでは、全力で駆けて来た兵士たちがあえいでいた。

 王の兵士は半分になっていた。しかもそのまた半数は魔物の攻撃により手ひどい傷を受け、戦闘に耐える状態になっていない。

 王はそれらの兵士に声をかけた。

「そちらはここで休んでおれ。魔物はまだ森にひそんでいると考えられる。余らが背後をかためてほしい」

 兵士たちは顔を上げうなずいた。王の命令は、傷ついたかれらへのいたわりであることが判っているのだ。

「王さま、どうぞご無事で……」

 うん、とうなずき王はマントをひるがえしパックに向き合った。

「さあ、行くとするか」

 はい、とパックは返事をして王と肩を並べて洞窟へとはいっていった。その後をタルカス、教授、ファング、そして兵士たちの隊列が続く。

 洞窟はしん、と静まりかえっている。

 その中をぺたぺたとパックや、兵士たちのサンダルの音がひびく。

 数十メートルも行くと、あたりは闇につつまれる。教授はふところをごそごそと手探りし、カンテラを取り出し、火を灯した。それにならって、王も部下から用意のカンテラを受け取り、火を灯した。

 カンテラの明かりに洞窟の壁面が照らし出される。

 さっと教授がカンテラをふると、岩の面がてらてらとした光沢を見せた。

 しばらく無言のまま、一同は進んでいく。

 やがて分かれ道にきた。

 洞窟の行く手がふたつにわかれ、その前で王は立ち止まった。

「さてどう行くか……」

 ふりかえったドーデン王は目を見開いた。

 どうしたのかとパックは背後をふりかえる。

「!」

 兵士たちがひとり残らず消えうせていた。

 

「どういうことだ! 兵士たちはどこへ行った?」

 ドーデン王は叫んだ。さっと手に持ったカンテラをかかげると、大股に来た道を戻っていく。

 前方を見つめる王は眉をひそめた。

 どういうわけか、いつまで歩いても洞窟の出口が見えてこない。そんなに深くもぐったはずはないのに、見えるのはカンテラの光がとどく範囲だけで、前方の闇は深く、暗い。

 王はふりかえった。

 背後もまた闇の中に溶け込んでいる。パックたちもカンテラを持っているはずだから、その明かりが目に入るはずなのに……。

 ぼうぜんと王は立ちすくんだ。

 じわじわと背後の闇が迫ってくるような感覚におそわれたのだ。立ち止まっていると、その闇が背中に達してくるような気になってくる。

 ふいに恐怖におそわれ、王は走り出した。

 ぱたぱたとじぶんの足音だけが洞窟にこだましている。

 はっ、はっ、はっと呼吸音が聞こえている。

 王は立ち止まった。

 ふかく息を吸い込み、王は呼吸をととのえた。

 馬鹿な! じぶんが恐怖にとらわれるとは!

 じぶんはドーデンの王である!

 自信を取り戻し、王はふたたび大股に歩き出した。

 しばらく歩いてかれは前方にほのかな明かりを見つけた。

 王は立ち止まった。

 目の前にパックたちが立っていた。

 ファングが声をかけた。

「どうしたんです、王さま。兵士たちはどこ?」

 王はどう説明したものかと手をさ迷わせた。教授に説明する。

「来た道を戻ったはずだが、どうしてここに戻ってしまったのか? まっすぐ前へ進んだはずなのだが……」

 ふむう、と教授は眉をしかめた。

「どうやら魔王はわれわれだけを導いているようじゃな。おそらくこの洞窟は前へ進むことしかできないのじゃろう。来た道を戻っても、いつの間にかもとのところへ戻ってしまうことになるのじゃろうな……」

「前へ行くしかねえ、ってことか? いいじゃねえか、それならそれで進むだけだ!」

 タルカスが胸をはった。

 パックはうなずいた。

「そうかもしれない。王さま、先へ進みましょう」

「だがこの分かれ道、どちらへ進めば良いのか?」

「どっちでも構わんのじゃないかな? 魔王がわれらを呼んでいる限り、どちらの分かれ道を進んでも結局は行き着くはずじゃよ」

 教授の言葉にそれでは、と近いほうの右の分かれ道へ進む。

 道は進むたび、何度か分かれ道に行き当たり、そのたびにあてずっぽうで一同はどちらかの道を選ぶのだが、それが幾度にもわたるともはや後戻りしようにも道がわからなくなってしまっていた。

「こんなに深いなんて思ってもいなかった……ぼくが目覚めたときはすぐ外に出られたのに」

 パックがつぶやくと教授はこたえた。

「おそらくお前が目覚めたときはこの道に入らなかったのではないかな。もしこの道を見つけても、入ることは叶わなかったに違いない。たぶん、禁じられた道なのじゃ」

 そんなことを話しながら歩いていると、ふいにぽかりとひらけた場所に出た。

「これは……」

 一同は目を瞠った。

 聖堂の中のような巨大な空洞に、その空洞を一杯に占領している石像がおかれている。

「これ、魔王じゃない?」

 ファングが叫んだ。

 その途端、口を押さえた。

 ほんのちょっと叫んだだけなのに、おそろしいほど強い反響が返ってきたのだ。


 魔王じゃない……

 魔王じゃない……

 魔王じゃ……


 ファングの声はなんども空洞の壁面にぶちあたり、わんわんと反響していた。その木霊はまるでどっしりとその空洞を占有している石像から聞こえてくるようだった。

 ファングの言うとおり、空洞を占有している巨大な石像は魔王を思わせるものだった。

 おなじく石で刻まれた玉座に魔王の像はゆったりと座っている。全体としては人間の形をしているが、細部は異なっている。

 両手と両足の指先には太い爪が生えている。身体には無数の鱗があり、巨大な頭部にはにょっきりと角が前方につきだしていた。

 おそろしげな魔王の姿にかかわらず、その顔には悲哀の表情が刻まれている。

 もの問いたげな眉のしたから空間をかっと見開くその瞳には、永遠の哀しみが刻み込まれている。半開きになった口は、なにか言いたげで、無言の慟哭が聞こえてくるようだ。

 この空洞は哀しみで満ちている。

「わからねえ……おれたち、こんな高い天井がある部屋にくるほど下に潜ったはずねえぜ」

 タルカスは顎を撫でながらつぶやいた。

 パックも同じことを考えた。

 一同は洞窟の中を前へ前へと進んでいったが、そんなに傾斜はなく、ほとんど平坦な床だった。だからどんなに進んでも、こんな空洞があるほど下に来たはずはなかった。

 かれらは石像の周囲をゆっくりとまわっていた。

 タルカスが石像の背中を指さした。

「見ろ、階段がある!」

 かれの指さした先に下へと続く階段の入り口が開いている。

「行くか?」

 タルカスの言葉にパックはうなずいた。

「もちろん!」

 いよいよ決戦だ……!

 かれらはおなじ思いだった。

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