ドーデン王

 城の外壁の前に立ち、パックはいまかいまかと待っていた。

 ヘロヘロと別れて数時間たつ。すでに空は夕映えにそまり、オレンジ色の雲が残照をあびて金色に輝いている。

 いったい、ヘロヘロの奴なにをしているんだろう。もしかしたら見つかって、酷い目にあわされているんじゃないのか?

 どうしようかと迷っているパックに、ひそやかに近づく人影があった。服装からすると、城の衛兵のひとりらしい。まっすぐパックを目指している。立ち去るべきか、迷っているうち衛士は声をかけてきた。

「パック殿ですな?」

「は、はい……」

 目を見張るパックに、衛士はうなずいて見せた。

「ドーデン王がお目にかかりたいと申し上げております。よろしければ、ご同道いただきたく願いたいのですが」

「ドーデン王がぼくに、ですか」

「さようです。いらっしゃいますか?」

 あ、そうそうと衛士はつけたした。

「お友達の、ヘロヘロ殿もお待ちです」

 衛士はにっこりと笑いかけた。

 パックはうなずいて、衛士の後に続いて城に入っていった。

 

 最初とは違い、衛士はパックを城の通用門に案内した。人目につきたくないのだ、と衛士は説明した。通用門から衛士はパックを城の内庭へと連れて行った。芝生に茂みが点在し、木々が植えられた、ちいさな林といっていい場所に、石のベンチとテーブルがある。ベンチはテーブルを真ん中に、ふたつ向かい合っている。テーブルには、サモワールに湯がたぎっていてお茶の馥郁とした香りががあたりにただよっていた。

 王はそのベンチに腰かけ、パックを待っていた。王のとなりにはミリィが座っている。ミリィの膝にはヘロヘロがうずくまっていた。王はパックを認め、立ち上がった。

「ようこそ、パック君。いちど話し合いたいと思って呼んだのだ。時間はあるのだろうな?」

 は、はいと緊張してパックは答えた。謁見の間で会ったドーデン王は遠くから眺めただけだが、間近に見る王の姿は威厳があり、なにか言おうとしたパックの喉はこわばっていた。

 案内した衛士は王のかすかな身振りに頭をさげ、引き下がった。

 ミリィを見るパックの胸が高鳴った。

 ずきり、とした痛みにも似たこの感情。いったいこれはなんだろう。

 パックを見上げるミリィの目にも、おなじものがある。ふたりは王がいることも忘れ、しばし見詰め合った。

 おほん、という王のせきばらいにふたりはうつむいた。

「座りたまえ。楽にして、しばし余が王であることを忘れてくれ。ただの友人として、話し合いたいのだ」

 ぎくしゃくと、パックは王の前のベンチに腰をおろした。王は口を開いた。

「いったい、そちと余にはどういうかかわりがあるのだろうな? 最初に会ったときも思ったが、そちは余の若いころそっくりだ。生き写し、といっていい。これを見てくれ」

 そう言うと、王はふところからちいさな細密画をとりだした。細かな筆致で、ひとりの少年の絵姿が描かれている。

 パックにそっくりだった。

「余がそちと同じ年令のころ描かせたものだ。まさに生き写しだと思わないか?」

 パックはゆっくりとうなずいた。細密画をもとにもどした王は、ふとミリィを見た。

「そしてミリィとそちの関係だ。そちは彼女を求め、旅をしてきたのだと言う。余は彼女に求婚したが、彼女にはもはやその気はなさそうだ。余にとっては、無念だがこのことは認めなくてはならない。余はミリィを自由にしてやろうと思う」

 その言葉に、ミリィははっと顔をあげた。

「王さま……」

「よい、なにも言うでない。だが余はそちと余の関係について謎がのこる。そちはどう思うかね?」

 どう思うかと言われても、パックには答えようがなかった。

 ふとギズモ教授に面会したことを話す気になったのはどういうことだろう。

「王さま、ギズモ教授によりますと、この世界にあらわれる魔物は、魔王の夢からあらわれるそうですが……」

 ドーデン王はうなずいた。

「その理論についてはギズモ教授に聞いて知っておる。それがなにか?」

「ぼく、どういうわけか、その魔王とじぶんがなにかかかわりがあるような気がするんです」

 王は目を見開いた。

「なぜ、そう思うのかね? そちがかかわりあるなら、ミリィにも同じことなのだぞ」

 パックはゆっくり、考え考え話し出した。

「目覚めたとき、ぼくを守っていたのはスライムでした。魔物のスライムが、なぜぼくを守っていたのでしょう? そして魔物はだれの命令でぼくを守っていたのでしょう」

「それが魔王の命令、というわけか」

「判りません。だいいち、魔王などという存在がこの世界に実在するのかどうかさえ確かではないんですから」

 王は口をすぼめた。

「それなら答えられる。魔王はたしかにこの世界に存在する。余は知っておるのじゃ」

 ミリィとパックは驚きのあまり、王を見つめた。王は答えた。

「余が眠りにつくと魔王が夢のなかにあらわれる。物心ついて毎晩じゃ! 最初はただの悪夢かと思っていた。魔王は夢のなかで余になにか命令する。が、目覚めたときはなにを命令したのか忘れている。だがたしかに魔王を見たという記憶は残るのだ。最初は魔王はなにやらもやもやした影のようなものだったが、しだいしだいにはっきりとした姿をとるようになった。最近では、はっきりと魔王の姿を見るようになった」

 そう言う王の額には苦悩のしわがきざまれていた。

「確かにこの世には魔王が実在するのじゃ。魔王は夜ごと夢の中で怖ろしげな魔物を召還し、世界に解き放つ。人々は魔王の呼び出した魔物によって苦しむのじゃ。こんなことは、やめさせなくてはならん!」

 王の顔は決意にみちていた。

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