ドーデンの町

 ドーデンの町はぐるりと石の塀でかこまれていた。がっちりとした石組みの塀の上は通路になっていて、数名の兵士が鋭い目つきで町の外を見張っている。正門につくと、頑丈そうな木の扉が外開きに開け放たれ、幾組かの隊商が出入りをしている。町の中に入ろうとする者は、かならずここで検査を受ける決まりだ。町に許可なく魔物を入れることは禁止されており、パックはスライムのヘロヘロを登録することになった。

「ふうむ……スライムを連れ込むのはおぬしが初めてだな。そいつは戦えるのか?」

 立派な髭をはやした検査官はじろりとヘロヘロを見て尋ねた。

「戦うって、どうして?」

「決まっておる! 魔物使いたちは、魔物をあやつってほかの魔物を攻撃するのじゃ! 現に、このドーデンの町でも、魔物使いたちは立派な戦力となって町の防衛に参加しておる。しかしおぬしのスライムはまだ幼体のようじゃ。つまりはペットか」

 ぶつぶつつぶやき、検査官は書類に「ペット・スライム名前ヘロヘロ。所有者パック。職業放浪者」と書き込んだ。終わると顔を上げた。

「行っていいぞ。ただし騒ぎなど起こさないようにな」

 顎をしゃくる。

 タルカスがパックの肩をぽん、と叩いた。

「行こうや」

 門を入るとすぐ広場になって、キャラバンはここで解散した。隊長はタルカスに夜警についてもらったとかで、そのぶんを払い戻した。テレスと姉妹、それに老夫婦も別れを惜しんだ。姉妹たちは、パックに話しかけた。

「ね、落ち着いたらぜひあたしたちの店にきてね! ヘロヘロちゃんとも会いたいし、あたしたちこんな可愛いスライム初めてだったんだもん!」

 そう言うとヘロヘロをくすぐる。くすぐられて、ヘロヘロは気持ちよさそうである。テレスは肩をすくめ、それじゃと手をふって町のほうへ歩いていった。

 タルカスとパック、それにファングは町を歩き、宿屋をさがした。

 テレスの言ったとおり、町を歩いても肩にのせたスライムのヘロヘロには危惧していたような注目は集まらなかった。もっともだれも目をやらない、というのではなく、ちらちら見ていくが特に目だった反応はない、ということであるが。それでも叫び声や、指さす人がいないだけ気楽だった。

 それよりパックのほうが驚いた。パックはドーデンの町で、はじめて魔物使いを見たのである。道の向こうから、魔物の首に鎖をつなぎ、ひとりの男が歩いてくる。魔物は、全身に針のような棘を生やした亀だった。のそり、のそりと歩き、鎖を引く魔物使いにしたがっている。魔物使いは頭からすっぽりとフードを被り、手には弓のようなしなる鞭をもっていた。ときおりその鞭をひゅう、と鳴らし魔物を誘導する。魔物使いはすれ違うとき、パックの肩にとまっているヘロヘロをちらりと見た。

「驚いたな。この前、町に来たときは町中を魔物が堂々と歩くなど考えられなかった」

「タルカスさんでも?」

「ああ、魔物使いってのはつい最近出てきた職業だ。だれも魔物を慣らそうなどと考えもつかないことだ。しかし、どうやって魔物を慣らしているんだろう?」

「もしかして、テレスさんが言っていたギズモ教授が関係しているんじゃないかな?」

「魔物を研究している、という例の学者か! ふむ、考えられることだ」

 ファングは指さした。

「ねえ、あそこの宿屋はどうかな?」

 彼女が指さしたのは水色の壁と、鋼色の瓦を葺いた三階建ての宿屋だった。「歯車亭」と屋号が書かれており、おおきな歯車の形をした看板がかかっている。

「ふむ、よさそうだ」

 パックとファングを待たせ、ずかずかとタルカスは帳場に乗り込んだ。

 帳場にはひとりの陰気な顔をした老人がちんまりと座っている。

「いらっしゃい、お泊りですか? それとも休憩ですかな」

「宿泊だ。何日か泊まることになるかもしれん。親爺、部屋は空いているか!」

「ございますが、おひとりで?」

 老人はのびあがって表のパックとファングに目をやった。タルカスは手をふってふたりを差し招いた。

「三人だ。おれと、あそこの男の子と女の子。それとスライムの子供」

「スライム! 魔物ですかな」

 老人は首をふった。パックの肩にとまっているヘロヘロを見つめる。

「まあいいでしょう。魔物使いは珍しいものでもないしそのスライムは大人しそうだ」

 そう言うと鍵をわたした。

 部屋は三階にあった。軋む階段をあがり、部屋にはいるとタルカスはベッドのひとつに腰をおろした。

「まあまあ、だな」

 老人は食事は夕方と朝に出されるが予約が必要だと説明した。三人は夕食を予約した。

 夕食は一階の食堂で食べる。夕暮れが近づくと、宿泊している客たちが集まり食卓について食事がはじまる。給仕をするのは老人の孫娘だとかで、彼女は老人に似ず陽気で明るい眼をした女の子だった。ぽっちゃりと太めの彼女は宿泊客たちの人気者で、テーブルの間をとびまわるようにして給仕を続けている。

「あれまあ! スライムかね? あんたが飼っているの?」

 娘はヘロヘロに目を留め、叫んだ。ヘロヘロはパックから夕食の残りをもらってがつがつと食べていた。パックは首をかしげた。

「飼っているというか、まあ友達だよ」

 へええ、と娘は大げさに驚いた。娘の声に、まわりの客も好奇心をつのらせた。

「大人しい魔物だな。襲ったりしないかね?」

「しませんよ」

 ふうん、と周りの客はすっかり感心している。ヘロヘロはそんなかれらの好奇の目にすっかりおびえていた。大丈夫だよ、とパックが安心させるよう頭をなでてやった。

 食事を終え、パックたちは部屋へと戻った。

 やれやれとタルカスは自分用のベッドに腰をおろした。三人が泊まるはずのこの部屋にはベッドがふたつしかない。もうひとつはファングにゆずり、パックは窓際のソファに寝そべった。窓からはドーデン王の城がよく見える。

 白い壁、高い尖塔。すらりとしたシルエットの城は、夜景に優美に映えていた。

 明日はあのドーデン城に行くのだ。

 そして運がよければ王に面会する。

 パックはその瞬間を心待ちにしていた。

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