捜査再開

第1話「この言い方ではまるで」

 その日の夜、部屋を訪れたフレデリックさまは、ラウルが人間の姿で眠っているのを見てとても驚いて……

 それでもまだ狼男は迷信で手品だと信じ続けていた。

 フレデリックさまは朝夕の食事が終わる度にラウルの部屋に様子を見に来る。

 お見舞いではなく、手品のタネの手がかりを求めて。


「警察署でもらってきた。さすがに本物ではなく写しだがな。キミの意見を聞かせたまえ」

 フレデリックさまから手渡されたそれは、わたしがほら穴の隠れ家で見つけた、ピーターソン先生の書き損じの遺書だった。

 隠れ家の床にバラバラに散らばっていたものを、フレデリックさまがこれだと思う順番に並べ直したのだ。




『三日月の夜、私は庭の茂みに隠れてランタンでダイアナと合図を交わした。


 裏口から屋敷に入ったところで悲鳴が聞こえ、階段を駆け上がると、二階の廊下に首を血まみれにしたフランク氏が倒れていた。


 部屋の戸口で震えているダイアナと目が合った。


 ダイアナの足もとには、血まみれのトラバサミが落ちていた。


 ダイアナは、自分が何をしたかわかっていないようだった。


 だから私は言った。


「これは私の罪なのだ」と。


 階段の下でメイド達の声が聞こえた。


 怖がっていて、すぐには上がってこなかった。


 私はとっさに凶器のトラバサミを掴み、ダイアナの部屋のクローゼットに隠れた』




「この言い方ではまるでダイアナさまがフランクさまを殺したみたいですね」

「違うと思うのかい?」

「ダイアナさまの腕力で人を殺すなんて……」

 言いかけて気づく。

「いえ、あのトラバサミを使ったのなら……」

「そうだ。不意を突けばダイアナでも充分にフランクを殺せる」


 ダイアナさまとピーターソン先生。

 真犯人はどっちなの?


「警察はピーターソンの遺書をもとにダイアナが犯人だと考えている。

 少なくとも庭師が痴情のもつれで犯行に及んだという疑いは晴れたわけだが……

 わからないのは庭師が何のために狼男なんていう手の込んだ手品をやっているのかなんだよなぁ」

「手品じゃないです」

「またキミは……まあ、未だに狼男の呪いなんてものを信じているヤツも居るしな」

「ラウルは呪っても呪われてもいません」

「もちろん呪いなんかこの世にはありえない」

 そしてフレデリックさまは、確かめるようにわたしの目を見つめた。

「キミ、この庭師にはボクがついているから、事件現場に行ってきたまえ。

 フランクが殺された場所と、ダイアナが死んだ場所もだ。

 フランクだけでなくダイアナの死にも納得のできない部分が多すぎる。

 もう一度、そこへ行って自分の目で見て、気がついたことや思い出したことを全てボクに報告するんだ」


 言われるままに部屋から出て、扉を閉めようとしたところでフレデリックさまが「うっ」とうめいた。

 振り返るとフレデリックさまがラウルの包帯をずらして傷を覗き込んでいた。

「これは……ふむ……手品にしては手が込みすぎているな。

 まさか本当に? いや、そんな馬鹿な……」

「フレデリックさま!?」

「ああ、心配しないでさっさと行きたまえ。

 いくらボクでも傷口か本物か指を突っ込んで確かめたりはしないさ。

 ボクは血は苦手なんだ。

 フランクのみたいに固まって変色していれば問題ないが、ダイアナのみたいに赤いのはいけない。

 見ているこっちが痛くなる。

 ああ、また嫌なことを思い出してしまった。キミのせいだぞ。ほら、早く行け」

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