第2話「あなたは悪くない」
それから丸一日過ぎて、十六夜の月が昇っても、ラウルは目を覚まさなかった。
ラウルの治癒力でも銀の棘でつけられた左肩中心の傷には目に見えるような変化はなく、鉄の棘でつけられた全身の傷も、意識が戻らないせいか体力が落ちているせいか、回復の速度は遅かった。
わたしはラウルにずっと付きっ切りでいた。
警官がピーターソン先生の隠れ家の場所を訊きに来たけど、地図を渡しただけで済ました。
ピーターソン先生のご家族もいらしたので、同じ地図をまた描いた。
ラウルはさらに何日も眠り続けて、その間にフレデリックさまが、フランクさまとダイアナさまの遺体をロンドンへ運んだ。
葬儀も埋葬もロンドンで行われ、全てラウルの意識が戻らない間に終わってしまい、ラウルはダイアナさまとの最後の対面すらできなかった。
ピーターソン先生の遺体は夫人が引き取っていった。
ロンドンからの電報で、使用人は全員、別荘で待機するよう命じられた。
お葬式に集まった人々の前で、ダイアナさまの不倫について不用意なことをしゃべられるとマズイって考えたのだ。
ハンナおばさまはダイアナさまが子供の頃からご実家に仕えていたし、フランクさまとセバスチャンさまはお互いのお父さまの代から主と執事の間柄だったのだそうで、お葬式に出られないことに二人とも不服そうだったけれども指示には従った。
別荘に殺人事件の取材に新聞記者が何組もやってきて、セバスチャンさまは追い払うのに苦労していた。
イリスはベラベラしゃべって取材料をもらっていたのがバレて、クビになって別荘を追い出されたけれど、駅までセバスチャンさまに馬車で運ばれる時、本人はほっとした顔をしていた。
そしてそれと入れ替わりで、何故かフレデリックさまが森の別荘に戻ってきた。
ハンナおばさまとメラニーは、ラウルの姿に脅えて部屋に近づかず、だけどわたしが用事で部屋の外に出るのを見つける度に待ちかねたように悪態をつく。
二人とも逃げるタイミングを逃してイライラしているのだ。
ハンナおばさまはダイアナさまのご実家でもう一度働かせてもらえないかと手紙を出して、返事が来るまでこの別荘を離れられないでいる。
メラニーも、ここに居たくないという気持ちだけはあるけれど、フレデリックさまがお戻りになる前ならばまだしも、お客さまの居る別荘の仕事を放り出してしまえば、ロンドンのメイド紹介所から締め出されるのではないかと恐れている。
わたしは……
わたしのこれからなんて、何も考えられない。
ラウルがこれからどうなるのか、ラウルのためにこれから何をすればいいのか、そればっかりがわたしの頭を埋め尽くしている。
ラウルの部屋で、ベッドの横に椅子を置いて。
うたた寝をして目が覚めると、ラウルが人間の姿になっていた。
わたしが寝ている間に少しだけ目を覚まして、また眠ってしまったのだ。
体形が変わったせいで包帯が解けてしまっている。
巻き直そうと、ラウルの腕を慎重に持ち上げた。
「クローディア……」
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
「いや……君が寝てたから静かにしてた……」
「え……?」
「いや、違う、やっぱり寝てた。えーと、あれ?」
頬を赤らめる。
「怪我人が気を遣わなくていいのよ。待ってて、すぐにお水を……」
立ち上がろうとするわたしの袖をラウルが掴んだ。
「ダイアナ様は……?」
問われてわたしは言葉に詰まった。
訊かれて当然のことなのに、答える準備ができてなかった。
「警察の人に、事故があったって聞かされた……俺の呪いだって言われた……それで村の人達が俺をアイアンメイデンに……」
ラウルは重そうに瞬きを繰り返した。
かなり無理をしているみたいだ。
「村の人……俺の知ってる人達だ……学校の先生も居た……」
目を閉じる。
「ダイアナ様は……本当に死んだのか……?」
声がどんどん細くなる。
ラウルの指がわたしの袖から外れた。
「俺の呪い……俺は呪われてるのか……? 俺のせいなのか……?」
「違う!! あなたは何にも悪くない!!」
わたしの叫びが聞こえたのかどうなのか。
ラウルの意識は再び失われていた。
室内は静まり返り、苦しげな呼吸音だけが響いていた。
わたしはベッドに突っ伏して、シーツに額をこすりつけて考えた。
ダイアナさまが死んだのは誰のせいなの?
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