十六夜、それから
第1話「ラウルを馬鹿にしないで」
いつの間にかわたしの後ろに立っていたフレデリックさまは、目の前でアイアンメイデンから狼が現れてもまだ狼男の存在を信じなかった。
これは手品だとか、いや自分は庭師がアイアンメイデンに入るところを見ていないのだから手品ですらないだとか。
人間の姿のラウルはどこかに隠れているのだと信じて、机の下やロッカーの中を覗き込んで……
そのこっけいな姿に村人も警官も毒気を抜かれて、あの残酷な行為についてもあやふやになり……
わたしが泣きながらラウルを牢屋から担ぎ出しても、誰も止めなかったし、誰も手伝わなかった。
ラウルは体の形が変わっても体重は変わらない。
痩せてはいても筋肉質な成人男性。
女の力で長い距離を運べるほどに軽くはない。
道路の真ん中で力尽きたわたしの目の前に、馬車が止まった。
その馬車は、アンドレアが引いていて、フレデリックさまが御していた。
「まったくもってキミはひどいヤツだな」
不機嫌そうに巻き髭をいじる。
「ボクはね、この馬車が走り出す直前に、馬車の後ろにしがみついたんだよ。
わかるかい? 後ろの座席に乗ったんじゃなくて、後ろにしがみついていたんだ。
何度も落ちそうになったんだよ。なのに気づきもしないなんて」
「はあ……それは、その……すみませんでした」
だから何だと思いつつ、うつむく。
「そのデカ犬だかヤセ狼だかはキミが飼育しているのかい?」
「ラウルを馬鹿にしないでください」
「おいおい」
「この狼が本物のラウルです」
「うーん、嘘をついている雰囲気じゃないな。キミも騙されてるクチか、それとも演技がうまいだけかな?
まあいい。警官に見つからずにどうやってそいつを警察署に連れ込んだのかはわからないが、その間ずっとおとなしくしていたからには相当な訓練を受けているはず。
それだけ良く躾けられている“道具”なら手品のタネを明らかにする手がかりになるだろう。
そいつをこの馬車に“積み込み”たまえ。
屋敷に“持って”帰って調査する」
他に行ける場所はなかった。
町の医者にはラウルの治療を拒否されて、近くのお店で包帯と薬を買ってのできる限りの手当てが精一杯だった。
屋敷に着いて、フレデリックさまの出迎えのためにメイドたちが集まってきて……
包帯まみれの狼の姿を目にして、メラニーは脅えて震え上がり、ハンナおばさまは「そいつを屋敷に入れるな!」と怒鳴った。
森の屋敷に主はなく、ロンドンでは相続を巡って揉めていて、フレデリックさまは単なるお客さま。
ハンナおばさまは強気に突っぱねようとしたけど、当面の責任者であるセバスチャンさまの決定で、ラウルは自室に運ばれた。
イリスはドリスに教えられた祈りの言葉をブツブツつぶやいて、実家の近いドリスはその場で暇をもらって屋敷を出ていった。
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