第3話「満月」

「でも狼男は銀の武器でないと死なんねはずだぞ」

「だけんど伝承が本当かわがらないぞ」


 あはっ。


「遠くの町んお城にゃあ、銀で作られたアイアンメイデンがあるって聞いたことさあるぞ」

「うちみてーな貧乏な村でそれはないぞ」


 あはは……


「うちのは古いモンだがら、棘が半分ぐらい折れてなくなってっぞ」

「そりは修理したはずだぞ」

「何でわざわざ?」

「前の村長が見世物にするさ言っとった」


 ははっ。


「その修理だったら途中で中止になっとっぞ」

「あー、予算不足だったけなぁ」

「格好つけて中身を銀にしようなんてしたからだなぁ」


 あははあは。


「銀の棘は五本ぐらいしか作れんかったんだっけなぁ」

「頭の部分の棘は、なくなってそんままなはずだよなぁ」

「確か銀の棘は心臓の辺りに……」


 あはは「ははっ」はは「はははは」ははは「あああああああああああああああっ!!」……


 わたしは震える足に鞭を打ってアイアンメイデンに駆け寄った。

 ふたを開く勇気はなくて、ふたにすがりついたまま泣いた。


 迷信深い人々のささやきが聞こえた。

 今度はわたしのことを魔女じゃないかって疑っている。

 魔女ならば火あぶりだって声がする。


 あはは。

 あはははは。




 村人たちの手がわたしへ伸びる。

 もうどうにでもすればいい。

 こんな世界に居たくない。

 こんな世界で生きていたくない。


 バンッ!!


 アイアンメイデンが内側から開かれて、私の足もとに、大半を真紅に覆われた灰色の塊が崩れ落ちた。

 いえ、崩れ落ちてはいなかった。

 その姿は倒れたようにも見えたけれども、床に四つの足をつけ、ふらつきながらもしっかりと立っていた。

 何百年も前の骨董品のような拷問器具は、あちこちゆがんで隙間ができて、月の光が忍び込んでいた。

 狼の姿になったことで、棘が急所から外れていたのだ。


 完全な獣の毛皮から、棘に破かれた衣服が剥がれ落ちる。

 ぺたり。

 よろめく灰色の足で踏み出す。

 ぴしゃり。

 自らの血溜まりを踏んでしぶきが跳ねる。


 狼男は満月の夜には人の心も言葉も失う。

 今のラウルは呼吸の音すら人間のものではなくなっていた。


 棘が抜けたことで、棘に塞がれていた傷口から、今さらのように血が噴き出す。

 吠えようとして吐血して、そのまま意識を失った。

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