人の罪
第1話「納屋の中」
暗い場所は嫌い。
狭い場所は嫌い。
納屋の中は子供の頃にお仕置きで閉じ込められたクローゼットよりかはずっと広かったけど、それでも暗くて狭くてしかも閉じ込められていた。
わたしは扉をたたき、掻きむしり、そして叫んだ。
「わたしは殺してない!! わたしはダイアナさまを突き落としてなんかいないッ!!」
だけど扉は開かれない。
誰もここから出してはくれない。
ダイアナさまが死んで、セバスチャンさまが警察を呼ぶためにアンドレアに乗って慌てて別荘を飛び出して……
ハンナおばさまが、わたしがダイアナさまを殺したんだって言い出して、イリスたちに命じてわたしを納屋に監禁させた。
「ここから出して……っ。話を聞いて……っ」
わたしは扉にすがりついて泣いた。
フランクさまを殺したのは奥さまの愛人。
ラウルじゃない。
わたしがダイアナさまの部屋で聞いた話を、イリスもドリスもメラニーもハンナおばさまも信じてくれなかった。
ダイアナさまが無事ならば、ダイアナさま本人に証言してもらえたのに!
ああ、あの時わたしはどうしてもっとダイアナさまの近くに行かなかったの?
どうしてもっと素早く助けに動けなかったの?
どうして手すりが傷んでいるって気づけなかったの?
そんなの考えても時間の無駄。
わかっているのにそれらが頭から離れない。
警察の人が来るのは、セバスチャンさまが馬で往復して、夕方。
その時にはさすがに出してもらえるだろうし、警官とも話せる。
ダイアナさまが死んだ今、話しても信じてもらえる可能性は低いけれど話すしかない。
わたしににできることはそれしかない。
そしてそれまでは……ここから出られなければ何もできない。
できるのは考えることだけ。
そうよ、考えるのよ。
警察の人が来たら、何を話す?
ラウルの無実。
真犯人の存在。
真犯人……ダイアナさまの愛人についてわかっていることは?
二人目の狼男。
ロンドンで交際していて、ダイアナさまを追って森へやってきた。
ダイアナさまの好みのタイプと言うことは、広い世界を知っている人。
それだけ。
もっと何かないの?
ダメ。
閉所恐怖症のせいで頭が働かない。
今夜はもう満月なのに!
ラウル、ラウル、ラウル……
一緒に鍾乳洞に閉じ込められた時、暗闇に脅えていたわたしを、ラウルは暖かな背中に乗せて優しく連れ出してくれた。
今は誰も居ない、誰も……
時間の感覚も狂う……
何だかもう何日も何年も経ったみたい……
突然、扉が開かれて、わたしは戸板に引っ張られて倒れそうになった。
たたらを踏んで顔を上げると……
「あれれぇ~? かくれんぼかぁい?」
フレデリックさまの声と一緒に、強烈なお酒のニオイが降ってきた。
「どぉしてキミがこんなところに居るんだぁい?」
たるんだ巻き髭をいじりつつ、ヒョロ長い体で戸口を塞いで、とおせんぼ。
周囲に他に人が居る気配はない。
早く外へ出してほしい。
わたしはどう答えればいいの?
そのままを言ったら、フレデリックさまはその扉を閉じてしまうかもしれない。
適当な嘘をついてごまかす?
いいえ、わたしには後ろめたいことなんかない!
扉から射し込む光の中、足もとに倒れているクワの存在に気づく。
何があったか正直に話して、わかってもらえなければこのクワを使って通してもらう!
わたしはスーッと息を吸った。
「ダイアナさまを突き落としたと疑われて閉じ込められました」
「あー? そんなわけないぞー。
ボクとセバスチャンで見ていたからなー。
セバスチャンは薔薇の向こうからだったが、ボクは真横で見ていたぞっ。
何てったってボクは隣の部屋のバルコニーにひそんで盗み聞きをしていたんだからなー」
この人は……!!
「だったらお酒なんて飲んでないでハンナおばさまたちにそう言ってください!」
「ハッ。飲まずにやっていられるかよッ。ダイアナが死んだんだぞッ!」
「フレデリックさま……」
「まったく参ったよ……ダイアナに愛人が複数居たってのも、ダイアナがボクをどう思っているのかも聞いてしまった……」
「では、ダイアナさまが窓を開ける前にしていた話は……」
ラウルの生い立ちについては……
「それは聞こえていない」
「ダイアナさまが、ご自分がフランクさまを殺害したとおっしゃっていたのは?」
「誰かをかばっているんだろうなと言うのはわかったよ。
庭師は愛人の中に入ってないってのはわかったが、かばってる相手が庭師か愛人かはわからなかったな」
ちゃんと聴いておいてよ。
フレデリックさまの頬では不健康な赤色と青色が交じり合っている。
酔っ払っているだけではなくて、ダイアナさまの死を目撃したショックは確かに大きいようにうかがえ……
「ちくしょう、どうすればいいんだ!?
フランクの後釜になれなかったらママに叱られるじゃないかーッ!!」
叫び、ふらふらと納屋の中へ入ってきた。
「ええーと、クララ……クリス……」
「クローディアです」
「他のメイド達はひどいモンだ。
みんなでボクにすり寄ってきて、最初はボクを慰めてくれてるのかと思ったんだがなー。
おかっぱのアイツは相手が貴族なら誰でもいいって感じだし、眼鏡のアイツはおかっぱに張り合っているだけだし、チビのアイツは他の二人の真似をしてみんなと一緒でありたいだけだぁー」
「あの、フレデリックさま……?」
「ムカつかないのはキミだけだぁー」
フレデリックさまが両手を広げてわたしに襲いかかってきて、わたしは跳び下がった弾みで積んであった荷物に背中をぶつけた。
ガラガラと荷物が崩れる。
フレデリックさまはなおも迫ってくる。
そのとんがった靴が、床に倒れていたクワの鉄の部分を踏んづけた。
木の柄の部分が跳ね上がってフレデリックさまの腿をバシッとたたく。
痛がっている隙に、わたしは納屋から逃げ出した。
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