第3話「コルセット」
コルセットを取り出して貴婦人にまとわせる。
ウエストを締め上げる上等で上品なその下着は、見ているだけで息苦しい気持ちにさせられる。
「わたくしはフランクと結婚をしました。
政略結婚ですが、何の不満もありませんでした。
年が離れているのを不自然だと言う人も居ました。
フランクが仕事で留守がちなのを不憫だという人も居ました。
ですがフランクは、わたくしと年の近い殿方はもちろん、フランクと同年代の殿方よりもたくさんの国を旅して広い世界を知っていました。
わたくしに関する悪い噂が流れているのは知っています。
フランクに絶対の誠実さを誓っていたかと問われれば、迷いなくうなずくことはできません。
だからといってわたくしが、フランクが語る世界を愛していたという事実に変わりはありません」
コルセットの紐を締め上げる瞬間は、着せられる方も苦しいけれど、着せる方も緊張する。
互いの間に沈黙が落ちる。
だけど紐を結び終えると貴婦人はすぐにまた唇を開いた。
「クローディアさんは、人の話を黙って聞く方なのですね。
ロンドンのお屋敷でのレディメイドはとてもおしゃべりでした。
使用人の世界はわたくしの知らない世界。
だけどやっぱり住み込みの使用人ではどうしても狭い世界になってしまって……
身内の陰口や噂話ばかりで退屈でした。
ハンナも、ね。
ああ、セバスチャンは陰口が大嫌いなので余計に退屈でした。
出かける時はだいたいいつもフランクと一緒なのだから、わたくしの知らないフランクの姿を聞かせてほしいのに。
フランク自身がわたくしに見せたがっている整頓された姿ばかりを見繕って話すからつまらないのですわ。
わたくしは自分の世界を広げたかった。
だからいろいろな人と仲良くなろうとした。
それが、悪い噂の原因」
最初に用意した堅苦しい真っ黒なドレスをお着せする。
「別荘での静養、楽しみにしていましたのよ。
久しぶりに汽車に乗って……
わたくしが辛そうに見えました?
確かに移動は体力を使いますわ。
でもとても楽しかったんですのよ」
背中のボタンをできるだけゆっくりと閉める。
「馬車に乗って……
町も村も、子供の頃に見たきりだけど、何も変わっていなかった。
ロンドンのような慌しさはない。
のどかで良いのかもしれませんが、一度見た景色を二度見てもつまらないですわね」
袖口と、スカートの裾を整える。
「ああ、森の空気は好きですわ。
独特の匂いがありますもの……」
貴婦人のあるべき姿が整っていく。
美しいドレスと、美しい記憶。
「木々の向こうに別荘が見えてすぐに、ラウルが門から飛び出してきましたわ。
馬車の音を聞きつけたんですのね。
ラウルはすっかり大きくなって、すっかり男らしくなっていた。
そして変わらずわたくしに忠実だった」
貴婦人は森の中での出来事を飛ばそうとした。
わたしは、そうはさせじと宝石箱に手を伸ばした。
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