第2話「トラバサミ」
夕食の時。
わたしは足の怪我を実際よりも大げさに見せかけて、これからしばらくの間、普通の仕事ができない代わりに夜間の見回りを全て引き受けると提案した。
みんなが寝静まる時間、広いお屋敷のたくさんのドアや窓の鍵を、不審な点がないかランプを手に一つ一つ確認して回るのは、面倒といえば面倒だし、楽といえば楽な仕事。
今まではレディメイドとメイド長を除くメイドで交代でおこなっていた。
つまり今はわたしとイリスとドリスの三人。
イリスは賛成し、ドリスは反対し、メイド長であるハンナおばさまは渋り……
セバスチャンさまがオーケーを出した。
セバスチャンさまは、わたしが他のメイドとうまくいっていないのを察して、わたしが独りになりたがっていると考えたのだ。
半分当たりで、半分外れだ。
こうしてわたしは、夜間に誰にも見られずに出歩けるようになった。
雨は深夜になってもまだ降り続いていた。
別荘内の見回りはほぼ終わった。
番犬にも異常はない。
そもそもこの犬たちは役に立つのかしら?
番犬たちはロンドンのお屋敷から連れてこられた。
ダイアナさまの愛人もロンドンのお屋敷に出入りしていて、その時にすでに手なずけられていたのなら、愛人が来ても吠えないかもしれない。
犬たちを眺めていたら、ラウルの人間の姿を初めて見た時のことを思い出した。
ラウルは狼の群れを一人で追い払えるぐらい強いのに、犬に追われて木の上に逃げていた。
あれは犬が怖かったのではなくて、犬を傷つけるのが嫌だったのだ。
裏口のドアの前で少し考える。
第二の狼男を誘い込むために、わざと開けっ放しにしてみようかしら?
あんまりわざとらしいと気づかれるわよね。
わたしは裏口も施錠して、自室に戻り、相部屋のメラニーがぐっすりと眠っているのを確かめて……
そのまま自分も眠ったように見せかけて猟銃を持ち出して二階の廊下に上がり、物陰に隠れてダイアナさまの部屋のドアを見張った。
雨音ばかりが響く。
いろいろな考えが浮かんでは消える。
何もないまま一夜が明けた。
朝食を終えても、雨はやまない。
わたしは夜に備えて休むと言って自室へ行き、カバンに入れたトラバサミを確かめた。
二人目の狼男は今もまだ森に居るのか。
別の土地へ逃げたのか。
こんな動物用の罠で捕まえても人間の手を使えばすぐに外されてしまうだろうけど、この森に居るか居ないか確かめるぐらいはできるはず。
雨の音がうるさくて、わたしはベッドに倒れ込んで枕で耳を塞いだ。
早くトラバサミを仕かけに行きたい。
ドリスに起こされ、昼食の時間だと告げられた。
雨がやむのを待っているうちに本当に眠ってしまったのだ。
空は晴れて真っ青になっていた。
「いつやんだの!?」
「ついさきほどですわよ」
ドリスが怪訝そうな顔で答えた。
良かった。
時間を無駄にしたわけじゃなかった。
黙々と昼食を掻き込み、自室に戻り、窓から抜け出す。
足の怪我は、だいぶ楽になってはいるけど、まだ痛む。
森のどこを探せばいいか。
アレクシアの死骸のそばにもトラバサミがあった。
あれを仕かけたのはセバスチャンさまだ。
あの辺りに他にも罠があるのなら、わたしが仕かける必要はない。
わたしは別荘をはさんで反対の方向へ歩き出した。
そして夕方になった。
わたしは森の中を闇雲に探し回っていただけで、第二の狼男を見つけるための手がかりなんて何一つ掴めなかった。
コツも何もわからないまま勘に任せてあちらこちらにトラバサミを仕かけ、最後の一個を埋め終える。
そろそろ帰らないと、部屋に居ないって気づかれる。
第二の狼男がダイアナさまの愛人と同じ人物なら、その行方を追っているってダイアナさまに知られたら、メイドの仕事をクビにされて別荘から追い出されるかもしれない。
満月に二日分足りない月明かりが別荘の庭園を照らす。
生垣のセレーネ・ローズのつぼみたちは開く力をなくしている。
わたしはスケジュール通りに屋敷の見回りを終えて、そのまま庭に潜んでダイアナさまの部屋の窓を見張った。
ダイアナさまは十二時ちょうどにバルコニーに現れ、しばしキョロキョロと何かを探すような仕種を見せた後、部屋に引っ込んだ。
何をしたかったのかはわからない。
そしてそれっきり出てこなかった。
そしてまた朝が来た。
満月を、タイムリミットを明日にひかえて。
わたしは昨夜の徹夜からそのまま昨日の罠の確認へ向かった。
昨夜はずっと晴れていたけれど、連日の雨で土は軟らかいまま。
その土に、埋められたトラバサミを完全に避ける形で、獣の群れの足跡が残されていた。
狼男の半人半獣ものとは違う、たぶん本物の狼の足跡。
三日月の夜にわたしを襲った群れかしら?
狼には縄張りがあるんだからきっとそうよね?
これが第二の狼男が完全に獣化したものなのか、無関係なものなのか、それはわからない。
ただ、わたしのトラバサミの仕かけ方は全然駄目だというのはわかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます