第4話「青い薔薇」
別荘に着いたのは夜の十時。
寄り道したとはいえ遅くなりすぎたなと感じた。
フレデリックさまは、窓から漏れる明かりに浮かぶ庭園を眺めて一言「ダサイ」と言った。
自然の乏しいロンドンでは人口の自然が持てはやされて、木も花も勝手に生えたかのように不規則に植えるのが流行している。
逆に田舎の人ほど、あるいは都会でも今より自然が豊かだった時代に生まれたお年寄りほど、方眼紙に描いたように不自然に整えられた景色を求めるのだそうだ。
「この庭は古臭い上に地味だ。それに花の色がおかしい」
それを聞いてわたしはムッとなった。
「セレーネ・ローズは月夜に青く輝くのです!」
「ほう?」
わたしがラウルから聞いたことをかいつまんで話すと、フレデリックさまは興味を示し、庭師に会いたいと言い出した。
「ええと……」
この時間ならいつもはラウルは薔薇たちの最後の見回りをしているのに、今日に限って姿が見えない。
もう寝てしまったのかしら。
「捜してまいります!」
「後でいい」
「すぐに呼んできま……」
「庭師なんか後回しでいい。ダイアナが先だ」
セバスチャンさまが玄関の戸を開けても、誰も迎えに出てこなかった。
おかしい。
ハンナおばさまや他のメイドはどこへ行ったのだろう。
「ダイアナの部屋はどこだ!?」
フレデリックさまも異変に気づき、導かれるまま階段を駆け上がる。
屋敷の女主人の部屋のドアは、セバスチャンさまが静かにノックしても反応はなく、フレデリックさまが激しくたたいてしばらくして、不安が高まりきったところでようやく内側から開かれた。
ノブを握っているのはハンナおばさまだった。
ダイアナさまは床に突っ伏して泣きじゃくっている。
その周りをイリス、ドリス、メラニーが囲んで慰めていた。
どうして?
尋ねる前に、ダイアナさまが叫んだ。
「あの子が……!! ラウルが警察に連れていかれてしまったの!! フランクを殺したのはラウルではないのに!!」
「ラウルが!? どうしてですか!?」
ダイアナさまはしゃくり上げて答えられない。
「鍾乳洞の出口でラウルが狼から人間の姿に変身するところを、別荘を警備していた警官が見ていたんだよ」
沈痛な面持ちで言うハンナおばさまの言葉にわたしはギョッとした。
けれどそれはわたしの質問の答えにはなっていないように思えた。
「それとこれと何の関係が?」
「だって狼男だよ?」
メラニーがすねたように口を尖らす。
「だから何だって言うのよ!?」
「狼男……でしたのよ……あのラウルが……」
ドリスの表情は、何故か悔しそうだ。
「だから!? そのことと殺人事件と何の関係があるの!?
まさか狼男だってだけの理由でラウルは殺人犯にされてしまったっていうの!?
ラウルにはアリバイがあるのよ!! あの夜、わたしはラウルに……」
「クローディアは狼男に脅されて操られているんだ!」
その言葉を、言ったのが迷信深いドリスだったなら、怒りはしてもさほど驚きはしなかった。
流されやすいメラニーや、何かと話に絡みたがるハンナおばさまでも。
だけどその言葉を言ったのは、狼男の存在自体を信じていないはずのイリスだった。
「ラウルが変身するところ、アタシも見てたのよ」
いつもの間延びしたふざけた口調ではなかった。
「アタシ聞いたよ! ラウルがクローディアに向かって『喰っちまうぞ』って脅してた!!」
目眩がした。
あんなのただの冗談なのに。
そんなこと本当はしないって、お互いにわかりきっていたから言った言葉だったのに。
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