第3話「アイアンメイデン」

 フレデリックさまを馬車にお乗せして町を出る。

 町に近い方の村を何事もなく通過して、別荘に近い方の村に着くと、馬車は遠回りして教会へ向かった。

 フレデリックさまが教会の人に挨拶をする。

 ここでフランクさまの遺体を預かってもらっているのだ。


 普通なら検死が終わった遺体はすぐに遺族に返されて、葬式が行われ、墓地に埋められる。

 だけど狼男が犯人だと信じる人々は、フランクさまが満月の夜に生き返って狼男になると思い込んでいる。


 遺体が動き出せばそれは、殺人の犯人が狼男だという動かぬ証拠になる。

 その場所が教会であれば、神さまが罪なき人々を守ってくれる。

 村人たちはそう考えている。




 教会を出て馬車のシートに腰を下ろし、フレデリックさまはダイアナさまに渡すと言っていたペンダントを再び取り出した。

 さっきまで新品だったペンダントは、今は嫌な色でドロリと汚れていた。

「遺体の傷口とこいつを比較すりゃあ狼の噛み跡なんかじゃないって証明できると思ったんだがね。これがビックリするぐらい良く似ていたよ。同じと言っていいぐらい似ていたんだ。これはいったいどういうことなんだろうね。

 こんな小さな物を手に持ってもあんなに深く刺さるような力は出せないだろうしね。それこそ顎で噛むぐらいの力がなくては……ふむ……」

 ペンダントをハンカチに包んでしまい直し、顎に手を当てる。

「ダイアナの奴は一体全体ナンだってこんな迷信なんかに付き合っているんだろうね。

 遺体はさっさとロンドンの教会へ送ってロンドンの墓地に埋葬するべきだ。

 ロンドンに帰るだけの体力が今のダイアナにはないからだろうか?

 いや……ダイアナは、狼男なんか実在しないということを、馬鹿な田舎者に教えてやりたいのかもしれないな」

 フレデリックさまは勝手にそういう結論を出した。


 わたしは、少し違うと思う。

 ダイアナさまは狼男をその手で世話した。

 ダイアナさまは、狼男は事件の犯人ではないということをみんなに証明したいのではないかしら?





 村の出口。

 馬車を追いかけて馬鹿なことを叫ぶ子供たちの顔は、夕日で赤く染まってオバケみたいに見えた。

「狼男はアイアンメイデンで串刺しだーーー!!」


「おやおや、近頃の子供はずいぶんと悪趣味なものを知っているな」

 フレデリックさまが、訊かれてもいないのに自慢げに解説を始める。

「ロンドンの悪趣味な博物館で見たことがあるんだよ。

 ああ、そういえば、都会ではそういう扱いだが、田舎では処分に困って倉庫の片隅に放置されている場合もあるって聞いたな。

 そこの村にもあるのかもしれないな。

 いや、あるとすれば町の方かな。

 暇な時にでも探してみるか」

 森に入り、木の陰がフレデリックさまのいびつな笑顔を隠した。


「文字通り、鉄でできた乙女メイデンの人形でね。

 大きさは棺桶ぐらいで、棺桶のように蓋が開く。

 中は空洞で、内側にはびっしりと刺が生えていて……

 これに人を閉じ込めて蓋を閉めれば串刺しになるんだ」


 馬車がガタガタと揺れる。


「割とメジャーな拷問道具だよ。

 実際に使えば白状する前に死んでしまうので、使うぞと言って脅すためのものだな。

 あるいは……

 もともと殺したくて殺しているのに、殺す気はなかったと言い張るための、拷問という名目かな」


 木の枝の向こうに覗く月は、半月よりは丸みを帯びて、でも満月にはまだ日がかかる。

 馬車に吊るしたカンテラが道を照らす。


「いやぁ、悪趣味だ。実に悪趣味だ」

 そう繰り返す声はとても楽しげだった。


 楽しげなのは、語る時だけなのかしら。

 使う時も、楽しげなのではないのかしら……?

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