ぐにゃり
人間 計
ついてない1日
雨が降っている。
地面にはびこる水溜りが街灯の光を反射させる道を、坂田 緑は歩く。
ただ、歩く。
傘にあたる水滴の振動が手に伝わってくる中、坂田は家に帰る道を、やや足早に歩く。
「今日のバイトも疲れた」
坂田の口から、そんな声が漏れた。
「あのクソハゲ、いつか殺してやるから覚えとけよ」
坂田は今日のバイト中、ちょっとしたミスを指摘されたことに腹を立てて、そう口にした。
「あー最悪」
人生には、本当についてない日というものが確かに存在する。
何をやっても、うまくいかない。
何故かそんな日は、一定の周期でやってくる。
坂田の今日は、まさにそんな日だっただろう。
朝、学校に向かう電車の中で、痴漢にあった。
高校で、坂田の好きだった男子が他の女子と付き合ってるのが分かった。
バイトで些細なミスを、烈火の如く怒られた。
帰り道、ポケットに入れていたスマホが地面に落ちて、画面に大きな亀裂が入った。
もし、今日を不幸な日と言わずになんと言えようか。
坂田はそう感じていた。
無人の道を歩く中、坂田の足元から、ぐしゃりという音が聞こえた。
「うげ」
坂田は恐る恐る足元を見た。
すると、足元には仰向けになった蝉が横たわっていた。
「サイアクー」
坂田はそう吐き捨てた。
蝉の下半部は、潰れている。
坂田が靴で踏みつけたのが原因だろう。
蝉は下半部が潰れたというのに、その折れた羽を振り、動き出そうとした。
しかし、当然その場から動けない蝉は、ただ坂田を見た。
この蝉は私が殺してしまったのか。
坂田は少し罪悪感にかられたが、虫に思考などあるはずがない。
私の足元に現れたこいつが悪いのだ。
そう思った坂田は、近くの水溜りで蝉の体液がついた靴を洗い、今日起こった不幸リストに、蝉を踏んだという事実を追加した。
そして、なに食わぬ顔で、坂田は歩き続けた。
無人の道を進む中、とある十字路についた。
坂田は、その道を素早く通り過ぎようとした。
すると、横から一台の車が飛び出してきた。
運転手が夜道で黒い傘に黒い服を着ていた坂田のことを認識できていなかった。
それに一時停止の標識を無視した。
その2つの原因により、坂田はその車に吹っ飛ばされてしまった、
坂田は多量の血を流しながら、地面に横たわった。
ついてないなぁ。
坂田はそう感じた。
本当についてない。
体から流れ出した血を見て、坂田はもう助からないだろうと感じた。
止まった車の中から、出てきた1人の女が坂田の近くに来て、その顔を覗き込むように眺めていた。
その顔は真っ青に変わっていた。
雨が降っている。
土砂降りの雨が。
私は私を潰した人間の顔を忘れないだろう。
私はこいつに殺されたのだ。
願わくば、この人間にも同じような不幸があらんことを。
私は決して叶わないと知りながらも、私の顔を覗き込んでくる血色の良さそうな人間の不幸を、願わずにはいられなかった。
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