第55話 アンデッド

【概要:フィナ勉強会。拳姫ミーチャvs夜叉ユアン 決着】


【フィナ自室・勉強会にて】


「ゾンビ映画ですか?まあ、見た事はありますが

 あまり好んでは見ません」


「ええ、たしかに心臓を撃たれても大丈夫な設定のゾンビもいますね」


「心臓を破壊されると当然体内を巡る血流の流れがストップします。

 人体を動かすには大量の酸素が必要ですから、その供給源である

 血液を断たれてあれだけ動けるとは思えません」


「いえ、動けないことと死ぬことは別ですね。厳密には酸素の供給が

 しばらく断たれても人の細胞は即、死に始めるわけではないんです。

 酸素からのエネルギーは十分細胞内に蓄えられていますから」


「死ぬのは細胞のアポトーシス(自死)が始まるからです。

 酸素が供給されなくなった細胞は次の酸素供給がトリガーとなって

 周りの細胞に死のサインを送り始めるのです。

 窒息や出血多量で死亡するのもすべてこのサインが原因です」


「そうです。それを抑えることができれば一応は心臓も脈も止まった

 ゾンビのような状態を再現できるでしょう。

 医療に役立ちそうですので、研究してみたい分野ですね」


「え?そのゾンビを倒すにはどうしたらいいか…ですか?」


「それはもう、ゾンビ映画のお約束の"アレ"しかないでしょうね」


「だから、私あの手の映画って苦手なんですよ」


所変わって、ケイヤ南バリツ教教会前道路。

二人の女が向き合っていた。


一人はミーチャ。先刻の攻撃で

アバラと鎖骨を折り、左腕が上がらない状態である。


一人はユアン。心臓を潰されながらも豪快に鉄球を

振り回し続ける。


二人はジリジリと間合いを詰める。


ミーチャは、無心の状態であった。

この化け物を倒す算段は見つかっていなかったが

拳法家である自分にやれること、できることは限られている。

ならばそれをやるまでのこと。


再び半歩間合いを詰めた。

そこでユアンが動いた。


急激に間合いを潰してきたのだ。

時間をかければ先刻のように鉄球の動きを

見切られる可能性がある。

それならば、機先を制して仕掛けた方が

有利であると踏んだのだ。


ミーチャも動く。

触れるものすべてを粉砕する

巨大な破壊球に自ら突っ込んでいった。


しかし、拳足の間合いまでは入れなかった。

鉄球の動きが先ほどよりも増していたのだ。

範囲を犠牲にチェーンを短く持ったことでの

速度アップである。


かわすだけで精一杯。

しかも、かわしきれない高速で動くチェーンの端が

ミーチャの皮膚を裂きダメージを蓄積させていく。


辺りに散る血飛沫。

だがミーチャは怯まない。

彼女のまっすぐな瞳には勝利への道筋が見えているのだ。


騒がしかった花火の暴発も収まり

辺りは静まり返っている。


人気のない街で戦う二人の女。

いや、それはもう戦いなどではなかった。


鉄球を舞うように振るユアンに

飛ぶようにかわすミーチャ。

傍から見たなら二人は親友で

遊んでいるように見えたことだろう。


一定の距離を開けて見詰め合う二人には

不思議な繋がりのようなものができていた。


そしてミーチャは彼女の狂気の瞳が

正気へと戻っていく瞬間を目撃する。


高速移動するチェーンの先が彼女の首にからんだのだ。

ミーチャの無謀に見えた決死の回避行動は

このためであった。

自らの体をおとりにチェーンの軌道を変え

ユアンの首にあたるよう誘導していたのだ。


死に直面した者が見るという走馬灯が

ユアンを元の人格に戻していった。

妻であった自分の。母であった自分の。

そして夜叉と成り果てたあの日の己の姿も。


慰めは彼女が絶望に沈む間も

なかったということだろう。


分かたれた首は路面へと落ち

主を失った胴は地に倒れた。

今、彼女は夫と子供の下へと還ったのだ。


吹き荒ぶ寒風は街を急速に冷やしていく。

激闘を制し、フウと白い息を吐くミーチャ。


そして遠くで鳴り響く銃声と爆音。

戦争はまだ終わっていなかった。

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