第39話 メジャー

【概要:ギー少佐vs暗殺者】


ロリュー南東部・空軍基地に隣接した土地に

ギー少佐の邸宅はあった。


旧世界より伝わる和風建築の趣ある建物。

その書斎にてギー少佐は半紙に筆で文字を書いている。


精神統一を行なう際に必ず行なう行為である。

邪念を払い、静かに湛える水のような心を

保つための訓練。


そして書いている文字もそのまま明鏡止水。

ギー少佐らしい実に徹底したスタイルである。


月明かりに照らされて筆からスズリへと垂れる墨汁が

きらめいた。そしてその明かりがわずかに揺らぐ。


ドアも窓も閉めている。風でゆらぐはずがない。

この揺らぎは人だ。それも高速度で動く…


気付いた瞬間、ギー少佐の背筋に悪寒が走った。

そしてすでにその体は回避行動を取っていた。


うつ伏せに突っ伏すギー少佐。

遅れて疾る何者かの足。


その足のかかと部分には斧が装着されていた。

そういう仕様のブーツである。


その足が横なぎにさきほどまでいたギー少佐の

空間を疾ったのだ。


障子風の窓はそれで真横に寸断されていた。

障子扉も、そしてその脇にある太い柱まで一息に。

とてつもない蹴りであった。


ギー少佐はそのまま転がりながら畳の縁を片手で叩き

持ち上げた。古の侍の技"畳がえし"である。

こういう急場での高度な防御技術。


通常、叩いて浮かせた畳を持ち、それを持ち上げる動作で

2アクションかかる所を、絶妙なサジ加減での畳への打突により

1アクションで畳を縦に浮かせていた。


まさに達人級の畳がえし。

そしてその技がギー少佐の命を救った。


追撃のかかと落としをギリギリの所で防いだのだ。

畳が寸断された時には、ギー少佐は壊れた障子扉から

外の庭園へと非難していた。


そして奇襲をしかけてきた者と向かい合う。


全身を黒い甲冑に身を包んだ者であった。

両足には件の斧付きブーツ。両腕の籠手にも刃がついていた。


ロリューで開発中の全身鎧である。

つまりこの者はロリュー人である可能性が高いということだ。

さらには重心の取り方から女であることも看破していた。


ギー少佐はこの賊のあまりの技の冴えに舌を巻きながら

夜風に血の匂いが混じっていることに気付く。


これだけの音を立てても誰もこないことから、

おそらくは警護の者たちの血だろう。


手練れの者を数人配置してあったにも

かかわらず、皆声も出せずに絶命させられたようだ。


この者の手練手管はプロの技を超えていた。


ギー少佐は構えた。

この賊を倒さねば自分に未来がないことを

確信していたのだ。逃げれるような相手ではないと。


さきほどの奇襲も、たまたま墨汁のわずかな変化に気付き

かわせたにすぎない。今、こうして自分が立っているのは

奇跡的なことであった。


それほどこの者の陰術は卓越しており、その技量においても

ギー少佐のクンフーをはるかに超えていたのだ。


冷や汗をかくギー少佐。


賊はゆっくりと玉砂利で敷き詰められた庭園に降りる。


ギー少佐vs甲冑の女

その火蓋は夜陰にひっそりと落とされた。

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