第36話 ピリオド

【概要:アモンvsザケル決着】


アモンvsザケル最終局面。


ザケルはクローチスタートという

陸上選手が用いる構えを取った。


短距離でより速く最高速に達するのに

これほど優れた構えはないからだ。


そして大地を蹴る。

躍動するザケルの健脚。


その極限まで最適化された走法は

瞬時にザケルを人類未踏の高速の世界へと連れ去った。


身長185cm、体重85kgの恵体での弾丸チャージ。

それがザケルの切り札である。


これでダメなら負けても本望。

裂ぱくの気合の元に放たれる最終奥義。


アモンはその速度に驚き足を止めた。

そしてすぐに拳を振り下ろす。


鮫の頑強な頭蓋骨を割ったあの鉄槌だ。

あの必殺の拳でザケルを迎え打ちにいったのだ。


最高の技には最強の技で。

どちらが勝っても恨みっこなし。


激闘の幕切れに相応しい打ち合いである。

しかし、ザケルの脳裏に金眼の少女の姿が映った。


ザケルがここにいる理由。

軍の都合でも自分の都合でもない、もう一つの理由。

それを思い出したのだ。


ザケルは体を変え、アモンをかわした。

そしてそのままアモンの後方に。


アモンは後ろから攻撃がくるものと思い首を回す。


しかし、ザケルは攻撃しようとはしてしない。

ただ通り過ぎただけだ。


何故なら彼の"攻撃"はもう終了していたのだから。


突如、強風に包まれ

はるか上空へと打ち上げられるアモン。


物体が高速で移動する時に生じる前向きの追い風。

スリップストリームである。

そのスリップストリームの風でザケルはアモンを打ったのだ。


これで勝負はついた。

どんな剛力の持ち主でも空を泳ぐことなどできない。


アモンはそのまま、深いクレバスへと落ちていった。

ザケルの勝利である。


静まりかえるギャラリー。

何が起きたのかわからなかったのだ。


理解していたのは以前にも

この奇跡の技を目撃したゴサクぐらいのものであろう。


疲労困憊でその場にへたり込むザケル。

顔には無念の表情が浮かんでいた。


あの場面。あの局面では正面からのぶつかり合いが

決着に相応しかっただろう。


高速チャージには自信があったし

確実にあの技でも勝敗を決することはできた。


そしてそれこそ、この激闘の幕切れに相応しい

男の勝負であったはず。

しかし…


疲労と失意で沈むザケルに一人の男の拍手が送られた。

シオンの漁師ガイである。


これこそ男の勝負であった。

ガイの拍手の調子にはそういう意味合いが込められていた。

アモンの、そしてザケルの健闘を称える拍手。


賛辞とは勝者だけに送られるものではない。


最後まで相手を倒すことだけを考え

死力を尽くして戦った戦士皆に送られるべき

栄誉である。


すぐにガイの後に続いて拍手の輪は広がった。

そこにパレナ人とロリュー人の隔たりは無かった。


しばらくしてザケルの身を案じたファンクラブの女たちが

警備員を押しのけてザケルに駆け寄ってくる。


疲労困憊のザケルであったが、ゆっくりと立ち上がり

笑顔でその集団に応対した。


無骨なアモンとは対称的に誰にでも柔和な態度で応じるザケル。

それが彼の性質である。


フーリエンで行なわれた超人類対決

アモン対ザケル戦は

アモンのクレバス落下という凄惨な幕切れで決着した。


しかし、彼の無事を確信している者がこの場に三人いた。


一人はザケル。一人は超感覚を持つ妖精アギー。

そして遠くで様子を見守っていた金眼の少女…


二人の英雄の血を受けた神々の大地は

喜びに打ち震えるように

クレバスからの風鳴きを奏で続けたという。


第一部 了

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