第34話 クンフー

【概要:アモンvsザケル④】


アモンvsザケル。


顎狙いでのKO決着を断念せざるをえなくなった

ザケルは構えを変えた。


それは拳法の構えであった。


洪家拳。(こうかけん)

拳勢威猛といわれる中国南派武術の拳法である。

多くの手技を用い低い姿勢からの攻撃を得意とする。


そんな洪家拳には複数の動物を模した型がある。

身振りや手振りに加え、手首から先の変化で

それぞれの動物を表現しているのだ。


ザケルはその特徴的な構えで間合いを詰めた。


そして突く。


人中・こめかみ・額・乳様突起・首・頚椎・喉

心臓・肋骨・鎖骨・肝臓・腎臓・水月・肩口・脇の下

上腕骨隙間・手首・肘・膝・腿・脛・アキレス腱


手首から先、指先や第二関節、拳骨といった鋭利な部分で

アモンの様々な急所を突いたのだ。


中国武術の各流派に含まれる技術体系、擒拿術(きんだじゅつ)である。

急所、関節、呼吸器の攻撃法から、対武装の総称。


グローブを装着するボクシングでは想定していない技。

そしてスポーツならば禁じられるべき技。


だが対アモン戦では、これほど有意な攻撃法はない。

どんなに強固な筋肉でもカバーしきれない箇所。

それが急所であるからだ。


観客はザケルのその流麗かつ美麗な動きに心を奪われた。

そして実際にザケルの姿に龍、蛇、虎、豹、鶴、獅、象、馬、猴、彪などの

獣の影を見たのだ。それほどに彼の動きは洗練されていた。


ザケルは一気呵成にアモンの急所に突きを打ち込む。


アモンはそれを受けても、まるでそ知らぬ顔で

いつも通りに拳を振り続けた。


だが手ごたえでダメージはあるとザケルは読んでいた。

これで押せばこの男を倒せるとも。

後の問題は、それまで自分の体が持つかであった。


舞う血飛沫。

ザケルのものである。


アモンの剛拳のかわし切れない衝撃波が一発一発ごとに

ザケルの体にダメージを与えていたのだ。


そしてそれはアモンも同じ。

ザケルの急所突きが、体にダメージを蓄積させ

複数個所から出血していた。


観客は、もはや声もなく戦いを見届けている。

騒いでいるヒマなどはない。

この世紀の一戦を目に焼き付けておきたいと思ったのだ。


一歩も引かずに打ち合いを演じ続ける両者。

まさに命を削りあう死闘。


だが不思議と二人の顔に悲壮感はない。

あるのは、喜び。


お互い恵まれたギフトの持ち主である。

一方は鋼鉄の肉体を。

一方は天賦の才能を。


このフリークたちとまともにやり合える人間など

いようはずもない。


結果、彼らはその力を存分に振るう機会に恵まれない。

戦うことに特化したゆえの不遇。


機能美ともいえるほどに完成された二人の肉体は

絶えず好敵手を求めていたのだ。


そして見つけた。

飛び切りの相手を。


二人は笑う、歓喜に震えて。

二人は舞う、死の踊りを。


アモンvsザケル

クライマックス迫る。

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