第16話 ビースト

【概要:女囚マシラvs魔獣】


巨躯の女マシラ。

彼女は、とある部屋で目覚めた。


真っ白にペンキで塗られた広い部屋。


辺りを見回すと部屋の中央で男と異様な風体をした

目玉が一つの生き物が向かい合うように座っている。


マシラは首をひねる。

いつもであればここは刑務所の特殊監房の中であるはずなのだ。


寝ている間にここに移動させられてきたのであろうが

それはいったい何故なのか?

そしてこの男と化け物はいったい…?


どうにも状況が飲み込めない彼女は男に話しかけた。

だが男は意味不明なことを口走るばかりで、まるで要領を得ない。


「おい…新入り…絶対…目を…はなすな…よ…」


「ま、…瞬きもだめだ…ぞ」


「俺はもうダメだ…ら、楽に…なりたい…すまん」


そういって男は突如立ち上がって入口のドアへと走る。


刹那、卵の潰れるような軽快な音と共に男は吹き飛び絶命していた。

全身の骨を砕かれて、体中の内臓を潰されて。


「はああッ!?」


あっけにとられるマシラ。

何が起こったのかわからなかったのだ。

男から目を離していないにもかかわらずである。


男は何もされてはいないのに突如全身を砕かれて絶命したのだ。

まるで呪いにでもかけられたかのように。


男の突然の死に戦慄するマシラの脇に気配があった。

そしてその化け物と目が合ってしまう。


「ううっ!?」


彼女と化け物のゲームは始まったのだ。

そして彼女に逃れる術はもうない。


魔獣(ビースト)。

この星の生態系の常識からかけ離れた生命体。

人類に多大な恩恵をもたらしたメモリー鉱の産出時期から

全国的に見られるようになった異形の化け物。


その力、異常にして異質。

名うての狩人でも裸足で逃げ出すほどの危険度。

凶暴なタイプの希少種ですら、かわいく感じるほどの獰猛さ。

この化け物もその内の一体であった。


「目を離してはいけ…ない」


「まばたきも…ダメ…」


マシラは目を見開いて化け物とにらみ合う。

いったい、この生物は何なのか?


しかし死線を幾度も潜り抜けたマシラの直感が

この化け物が男の死に関わっていること、

そして今、自分がターゲットにされたことを知る。


目を離してはいけない。まばたきもダメ。

要領を得なかった男の言葉が頭の中で響く。

つまりそれさえ守ればこの化け物から攻撃をされなくて

済むということだろう。


マシラと化け物の長いにらみ合いが続いた。


5日後、幾たびかの水と食料の配給を経て、

マシラは精神に異常をきたした。


いつ殺されるかもわからない恐怖。

まばたきしないことで生じる目の痛み。

見つめあうことしかできない不自由さ。

これが永遠に続くかもという絶望。


そのストレスたるや尋常ではなく、屈強な男でも

1月ももたないであろうと思われた。


並の男たちよりタフに鍛え上げられていたマシラも

幼少時のトラウマ体験から潜在心理には

まだ幼さを多分に残しており、それが5日という

早さでの精神崩壊につながったのだ


「ひいッ!ひいいいいッ!!酷いよおッ!な、何であたしがこんな目にいいッ!!

 たしかに多少、人も殺したし、建物も吹き飛ばしたかもしんないよ!?

 でもさあ!それって、あたしのせいじゃなくない!?そう!社会!!

 社会のせいなの!!あたしにあんなことさせたのはぜえーんぶ!!社会のせい! そうさ!そうに決まってる!なのに何故えええっ!!私だけなんでなのおお!

 ああああッツ!!神様ああ!助けてよおお!!あたしは悪くない!!

 あのクソ親父が全部わるいのよおおお!あああママああああ!!助けてええ!」


こうなっては、もはや時間の問題。

遅かれ早かれ目を離すだろう。

次を用意しなければ。


屈強な女マシラの予想外に早いリタイヤに

覗き窓から部屋の様子を見ていた男たちは

落胆のため息をついた。


そして次の生贄を連れて来るよう指示を飛ばそうとしていた

そんな矢先、マシラが驚きの行動を取る。


何と化け物に正面から組み付いたのだ。

もはや正気の沙汰ではない。


ランオアファイト。

動物行動学の学説である。

生命に関わる火急の事態が起きた場合、本能的に

その動物が取ってしまう行動には2種類あると言われる。


すなわち逃走か攻撃か。


どちらも生き延びるための生存戦略であるのだが

攻撃の方のリスクが高いのは言うまでもなく、

長い戦いの歴史を歩んできた地域の人間は総じて逃走を選択するという。


しかし、ジャングルに住む、未開人のハーフであるマシラは

その母親の血を色濃く受け継いでおり、その血が闘争を選択させた。


まさに無謀。まさに暴挙。

戦乱に揉まれることなく森の奥で育ってきた人類の

恐れ知らずの蛮勇の血。


だが、そんな無謀が奇跡を起こした。


本来なら目を離した瞬間に何らかの攻撃をされるはずが

それがこなかった。


組み付いた瞬間に、マシラの巨大な乳房が化け物の目を覆ったのだ。

これで化け物は標的を見失った。


さらにその後にマシラが打った反り投げが功を奏した。


投げられて、ようやく確保された化け物の視線がマシラを捕らえ

攻撃を開始した刹那に、投げの軌道でその攻撃ポイントが

わずかにずれたのだ。


地響きを立てて、地面に突っ込む化け物。

これが化け物の攻撃の正体。

目にも止まらぬ高速チャージ。


化け物は、自らの体当たりでその機能を完全に停止したのだ。


歓喜に沸く、研究所内。

マシラはその歓声を聞きながら意識を失った。


翌日、マシラはいつもの刑務所監房に戻る。


痛みに霞む目で周囲を見ると、何のお礼か

監房内は豪華な家具付きのワンルームと化していたという。

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