第122話 衰えぬ戦火



 アラタの息子であり、新たな王族の一員であるオイゲンが生まれてから一ヵ月が過ぎた頃、ドナウでは新年のお祭り気分が抜けて、またいつもの日々が戻っていた。

 たまの休日をアラタは屋敷で家族や同居人達と一緒に過ごし、英気を養っていた。今は遊びに来ているカールや三人娘と粘土を使って作品を作っており、ドナウでは見る事の出来ない地球の様々な動物を模型を使って説明していた。ちなみにセシルはローザと一緒に買い物に出かけている。


「――――これがライオン、雄のタテガミが特徴的で、脚竜ぐらいの頭なら簡単に噛み砕ける顎の強さもあって、昔は王家の権力の象徴として崇められていたり、成人の儀の狩猟対象にもなっていたんだ。あるいは強い物への称号としても使われているな」


 以前、記憶を頼りに作った木彫りを子供達に見せる。本職の芸術家に比べれば荒い作りだが、特徴を良く捉えており、分かりやすさが好評だった。アラタ自身は生でライオンなどの動物は見た事が無いが、かつて写真や映像で何度も見かけているので、作るのはそう難しい物ではない。


「ふーん、猫みたいな姿なんですね。竜を食べれるって事は、やっぱり人よりも大きいんですか?」


 クロエが物珍しいそうに模型を手に取ってしげしげと観察している。現在はこの屋敷に来た時よりもアラタ達にかなり打ち解けており、両親や兄弟に会えない寂しさで泣く事も大分減っていた。彼女はラケルの様にアラタの事を父とは呼ばなかったが『アラタ先生』と呼び、それなりに慕っていた。


「そうだね、四足だから高さはそれほどじゃないけど、人の4~5倍ぐらいの重さがあるから圧し掛かられたら、人が潰れる位には大きいよ。以前話した事もあるイーリアスに出てくるヘラクレスという英雄も、このライオンを退治して勇者と認められている。

 ライオンは恐ろしいけど、その強さと雄々しさは多くの人の憧れでもあるんだ」


 各人が模型を回して見慣れない動物の姿を観察するが、大きなのタテガミの付いた猫にしか見えないとアラタの言葉を話し半分に聞いていた。


「じゃあ、こんどうちにくるネコにもタテガミをつけてあげるね。そうすればかっこよくなるんでしょ?」


 ラケルが子供らしい無邪気な感性で悪戯しようとしたのをロベルタは窘める。昔同じ孤児達が動物番組に触発されて、猫に縞模様を書いて小さな虎にしたのと同様の事を考えつくラケルを見て、どの国の子供も似たような考えに行きつく物だと苦笑した。


「もう、悪戯しては駄目ですよラケル。そんな事しても猫は嫌がるだけです。

 そういえば昔、短剣のような牙を持つ大きな猫の話を聞いた事がありますが、レオーネ様はご存知ですか?確か、東の彼方に住んでいると商人に牙を見せて頂いた事もあるのですが」


「さて、俺の国にもサーベルタイガーという大型の猫が何万年も前に居たのは知られているが、絶滅してなければ居るかもしれないな。当然大型で肉食だから人も食べる事があるだろうよ」


 こんな風にな、と言ってアラタはラケルとクロエの頭を『がおー』と鷲掴みにする。クロエはその仕草に小さく悲鳴を上げるが、ラケルは『すごーい!』と言って喜んでいた。そんな対照的な二人がロベルタとカールは可笑しかったようで、互いに顔を見合わせて仲良く笑っていた。

 カールが屋敷に遊びに来るのは以前から時折あったが、ここ最近は何かにつけて訪ねて来る事が増えた。表向きの理由は甥のオイゲンの顔を見に来るか、学友のセシルと遊びに来たという事になっているが、本当はロベルタに会いに来るのが目的だった。

 その事をロベルタ自身も知っていたが、面と向かって指摘するのはカールぐらいの年頃の少年には恥ずかしさもあるだろうと、あえて知らない振りをしていた。彼女もカールに好意を抱いているし、故郷で逝った弟に少し重ねて見てもいたので、居心地の良い時間でもあった。

 今の所、二人はこうして別の理由で顔を合わせてはいるが、いずれはもっと直接的に会う理由が出来るだろうと、周囲の大人達はこの幼い恋を見守る方針を執っていた。中にはそれを妨害しようと考える貴族も居るには居るが、現状ロベルタはレオーネ家の庇護下に置かれている事から直接手を出す素振りは見せていない。下手をすればアラタだけでなく、カールの姉のマリアも出張って来るとなれば相手も二の足を踏まざるを得なかった。そんなわけで二人は様々な人間に見守られながら、着々と距離を近づけているわけだ。



 しかし、部屋に入って来た使用人が持っていた手紙をアラタが受け取り中身を何度も確認すると、彼は渋い顔をして使用人に書き物の用意を頼み、下がらせた。

 先ほどと打って変わって、真剣な顔を見せるアラタを不安そうに見ていた四人に気付くと、安心させるように笑みを作る。


「君達には関係の無い仕事の連絡だよ。ちょっと難しい話だからここでは話せないけど、心配するような事じゃない」


 サピンから来た三人は良く分からないという顔だったが、付き合いの長いカールには、何となく面倒な仕事が入ったぐらいの見当はついていた。

 使用人の持って来たペンと紙に何か書いて、それと先程受け取った手紙をそのまま使用人に持たせ、どこか使いに出すと、少し疲れた様に溜息を付いて一言呟く。


「まったく、みんな働き者だな。少しは俺に楽をさせてくれ」


 口では疲れたような言葉を吐き出していたが、その言葉とは裏腹に口元は吊り上がり、目の奥底にはギラギラと滾る意志が宿っていた。いつも理性的で穏やかな庇護者が初めて見せる暴力的な双眸にカールを除く三人は不安を覚えたが、アラタがすぐに感情を引っ込めたので理由は聞けなかった。

 そして彼女達は知らなかった、この感情こそアラタの戦闘者としての本質なのだと。



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 その翌朝、城ではカリウスを含めたドナウの重鎮達が緊急の懸案で招集を受けていた。進行役のルーカスから、今回の招集がアラタの要望によるものだと聞かされる

 閣僚達からすればつい先日、自分達の部下が不祥事を起こしたばかりで、また同じように背信行為があったのではと、内心不安に感じていた。特に学務省のルドルフは、部下が今後のホランドとの戦いに大いに役立つ火薬兵器の秘密をよりにもよってホランドに売り渡しているので、それを理由に罷免させられるのではと不安に思い、内心不祥事を起こしたかつての部下に殺意すら抱いている。

 そもそもがドナウ中に目と耳を潜ませているアラタを出し抜くなど無謀にも程がある。諜報部の業務は出向させている官僚からある程度手に入るのだから、冷静に考えれば情報を売る事に二の足を踏むものだが、連中はそんなことお構い無しにやらかしている。それだけでもルドルフは頭が痛いのに、さらにアラタから今回の情報漏洩を重く見て、防諜体制の見直しと、官僚達の意識改善が終了するまで官僚への技術指導を一時中断すると通達があった。

 これには学務省以外にも抗議の声が上がったが、不始末を仕出かしたのが他ならぬ自分達の同僚だった事もあり、内心不満はあっても大きな声で言えるはずが無かった。

 そうした理由から、また何か不祥事があったのかと質問が殺到し、それを軽く受け止めてから話し始める。


「昨日ホランドに潜ませていた密偵から連絡がありました。理由は二つあり、一つはサピンから第二王子率いる軍が帰還し、謁見の間にてユリウス王子が王太子に任ぜられました。そして第一王子バルトロメイと和解したと報告を受けています」


 そこで一度言葉を切ると、会議室に居並ぶ閣僚達の顔を見渡す。アラタの報告を聞いた者達は互いに顔を見合わせて、理解に努めようとそれぞれ考え込む。

 そこから最初に復帰したのは外務長官のハンス=フランツ。彼は役柄の手前、外国の情勢に詳しかったのでホランドの内情もおよそ把握していた。


「ユリウス王子が王太子になったのは、まあ理解出来る。失態を犯したバルトロメイ王子より、一国を征したユリウス王子の方が次の王に相応しいと言うのは我々もホランド人も理解しやすい。それは良いのだが、王太子を廃された兄と、新しく任じられた弟が和解というのは少々理解が追い付かない。そこは今以上に対立してもおかしくないのでは?」


 ホランドに限らず西方の常識では長男が跡目を継ぐのが普通だ。王族なら正妻の子ではないという理由で該当しない事はよくあるが、今回はバルトロメイもユリウスも正妻の子なのだから当てはまらない。しかし、武功を重んずるホランドでは功績を上げたユリウスこそが次の王に相応しいという意見が根強く、それをドミニク王も覆せなかったと考えれば、ある程度は納得出来る。

 問題はその次にある。廃嫡された兄弟が和解するなど非常識であり、多くの者の理解の範疇を超えている。最初から王になれないと分かっている者なら兎も角、玉座に手が届きかけていた位置から遠ざかり、あまつさえ弟にその座を奪われたのだ。これで平然としているなど貴種として有り得なかった。

 その意見に多く者が賛同していたが、カリウスとエーリッヒは沈黙したままだ。そこからさらにアラタが補足情報を提示すると、さらに会議室は混迷を極める。


「もう一つ未確認情報ですが、どうやらバルトロメイ王子はユリウス王子に息子のヴィクトル王孫を養子入りさせると噂になっています。憶測ですが、子供の居ないユリウス王子の足場を補強する形でバルトロメイ王子が取引を持ち掛けた可能性も考慮すべきかと」


「――――二人の王子が跡目を争って国を割るより潔く身を引いて国を纏めて、サピンが犯した失態の二の轍を踏まないか。以前君がバルトロメイ王子を危険視していたのが現実のものになったようだね。

 まったく、遣り辛い相手だよ。君が散々に両者を仲違いさせようと対立を煽っていたのも無駄になったかな?」


 エーリッヒがおどけた様にアラタの策が失敗に終わった事をあげつらう。但し、そこに侮蔑や愉悦のような感情は込められておらず、信頼する義兄弟の策を無力化したホランドへの警戒を強めていた。

 アラタは以前からホランド内で二人の王子の対立を煽り続けていたが、それは次期国王を争う政治的背景があったからにすぎない。それが失われたとなれば、お互いが対立する必要も無くなったと言って良い。よしんば取り巻きが何を言った所で、既にドミニク王が正式にユリウスを王太子に推したのならば、王に向かって公然と異を唱える事など出来るはずが無かった。


「そうなります。私の策は両者の対立を利用していますので、その対立理由が失われれば前提が成り立ちません。まあ、単に噂を広めていただけですので、失敗した所で大した損失はありませんよ。精々、一つ道具が使い物にならなくなったというぐらいです。

 ただ、問題はここからです。ドナウというよりホランドを除く西方にとって困った事が起きました」


 小細工が一つ無駄になった程度の損失だから気にするなとアラタが説明するが、失態には変わりないので、そこを追求しようとした敵対派閥のルドルフだったが、次の発言でそれを取りやめる。この若造が困ったと口にしたのはかなり珍しい事もあり、余程厄介な問題が出て来たのかと、少し身構えてしまう。

 会議室に沈黙が生まれたのを見計らい、アラタは今回の緊急招集の本題を発表する。


「ホランドがユゴスに宣戦布告を行う前段階に移行しています。三年前のドナウへの併合要求と同様、要求を呑まなければ武力によって滅ぼすと脅しを掛けているようです。返答期限は三か月後の五月、既にユゴスにはホランドの使者が要求を伝えているでしょう」


 この発言に真っ先に反応したのは外務のハンスだった。ホランドは外交官を駐在させていないので仕方が無いが、ユゴスにはきちんと外交官を置いていたのに、そんな情報は一切耳にしていない。外国の情報を第一に集めてくる外務が仕事を全うせず、これでは怠慢だと誹られても反論出来ない。

 ハンスはアラタに特別悪い感情は抱いていないものの、情報を集める仕事上、ライバル意識や縄張り意識に近い感情は幾らか持っている。今回の一件はその感情を刺激するには十分な失態だった。

 ただ今回は、最速で情報を仕入れたのがホランドに潜ませていた諜報部の人間だった事と、ユゴス側も無い寝耳に水の緊急事態だった事もあって外務を責めるのは酷な話である。

 そしてホランドの返答期限がたった三ヶ月しかない事に閣僚達は余裕を無くしている。自分達がホランドに突き付けられた時は一年の猶予があったのに、今回は圧倒的に短い時間しかない。さらに、ついこの間までサピンを攻めていたというのに、殆ど間を置かずに他国に攻め入るなど幾らホランドが軍事大国でも、これでは見境無しの狂犬だ。


「さらにホランドはレゴスに、共にユゴスを攻め落とそうと誘いを掛けているとの事です。そちらは以前から外務省が報告をしているので、可能性の一つとして考慮していましたが、あまり当たって欲しくなかった状況です」


「―――ホランドがレゴスの軍事行動の是非を探らせていたのはその為だったのか。現状ホランド軍は約六万、本国や支配地域に半分を残しても最低三万をユゴスに投入出来る。さらにレゴスの軍が加われば、容易にユゴスを落とせるか。

 参ったな、こちらがどうにか知恵を絞って囲みを作ろうとしているのを、力づくで破壊しにかかるとは。フランツ殿、外務の見立てではレゴスがホランドの誘いに乗る可能性はどれぐらいありますかな?」


 直轄軍を預かるオリバーがホランド・レゴス連合とユゴスの軍事力を比較して、真っ当な勝負にならないと匙を投げる。そして、どれだけ可能性があるのかをハンスに問いただす。

 暫し考え込んだハンスが気難しい顔を崩さず、その問いに答える。


「ユゴスとレゴスは数百年に渡って戦いを繰り返しており、互いを不倶戴天の敵と考えています。現在は休戦状態になっていますが、ふとしたきっかけで再開するのは難しくないでしょう。

 ですが、互いの王家はその関係を改善したいと考えているのも事実です。レゴス王家がどれだけ国内貴族と平民達、あるいは軍部を抑え込めるかで、参戦の可否が変わってくるでしょう。何分他国の事ですから、我々が口出しできる範疇を超えています」


 外務省として長年両国に関わっているハンスには、彼等にどれほどの憎しみが積もっているのかよく理解しており、ユゴスへの参戦は避けられないのではと、内心では判断していた。それと同時に両王家がそれを抑え込んでくれるのに一抹の期待をしたいとも思っている。


「冷静に考えれば、仮にユゴスを滅ぼし領土を手に入れても、ホランドがドナウを滅ぼしたら、次は自分達の番だと理解出来ていれば、軽率な行動に移らないと考えたいですが、そのような十年先の未来を考えられるような人間は少数派でしょう。目の前に弱った獲物がいれば飛びつきたくなるのが人の欲というものです。

 ホランドは無理でしょうが、どうにかしてレゴスを思い留まらせなければなりません」


「宰相殿は簡単には言いますな。我が国でしたらそう難しくありませんが、数百年争っている隣国に楽に勝てるとなれば、レゴスは濁流の様に押し寄せるのは必定でしょう」


 ルドルフが棘のある物言いをルーカスにぶつけると、彼はやや不快な顔をして押し黙る。咄嗟の事で方法は考えつかなかったが、レゴスの参戦を押し留めたいのは、会議室の誰もが考えている事だ。

 これが攻め入られるのがレゴスであれば、王族同士の婚姻関係によって結ばれた繋がりを理由に救援の為の戦いを仕掛ける事も出来るのだが、友好的関係なだけのユゴスではそれも難しい。何よりまだドナウ直轄軍は兵装の転換訓練中でもあり、戦力としてはやや心許ない部分がある。せめてあと半年でも時間があれば何とかなりそうだが、時間は待ってくれない。

 切れる手札が乏しい状況で閣僚達はどうにか知恵を絞っているが、隣国でもない他国の事である以上有効な手段が出てこなかった。

 暫く事の成り行きを見守っていたアラタだったが、隣のエーリッヒが効果が限定的ではあるが、策が幾つかあると語ると、一斉に会議室の視線が集まった。その反応に、どこまで効果があるか分からないと前置きをした上で、自身の考えた策を語る。


「ユゴスに攻め入った場合、ドナウが輸出している交易品を全て差し止めると、レゴスに通達してはどうだろうか。香水、石鹸、砂糖、蒸留酒、ガラス製品、さらにナパーム。それら全てを輸出禁止処分とすれば、嗜好品を消費する貴族などは幾らか躊躇うかもしれない。ナパームに関してもレゴスが一部の軍に取り入れたと聞いているから、彼等も供給を断たれるのは困るんじゃないかな。

 それからレゴスの民衆には、主力軍が出払ったレゴスにホランドが攻め入ると流言を流して、思い留まらせるよう扇動するのはどうだろう。勿論我々が動くより、レゴス自身にやってもらったほうが良いだろうが、欲に動かされる人間には冷や水を掛けられるようなものだから、きっと冷静になってくれると思う」


 エーリッヒの献策に一同の半数は懐疑的な目を向ける。彼の言う通りドナウが輸出する製品は国内外問わず高い評価と需要を維持しており、それを断たれるとなれば、困る者が居るのは確かだ。だが、嗜好品の域を出ない以上は無くてもそれほど困る物では無い。これが鉄や銀のような経済や軍事に直結するような物資なら禁輸された国は相当困るだろうが、どれほど効果があるかは疑わしい。

 第二の策は少々確実性に欠けるものの、ホランドの領土的野心と兵数を考えれば別同隊を組織して空になったレゴスに攻め入る事は有り得ないと言い切れないので、レゴス中に流言を流し続ければ慎重になる可能性はある。

 閣僚達の協議の結果、具体的な代案が出なかったので何もしないぐらいならエーリッヒの策を採用する事になった。禁輸処置は外交官がそれとなく匂わす程度に留めておき、直接行使は可能な限り避ける事となった。そして第二案についても同様に外務省が中心となり、レゴスに根回しを行う事が決定した。何分他国の事なので派手に動けないが、出来る限りの事はするとハンスも皆の前で意気込んだ。


(俺が考えていた策と似たような策を考えついたのか。もしかして俺に学んだのかね?)


(可能性は高いですね。レオーネ大尉とエーリッヒ王子は付き合いも長いですから、貴方のあくどいやり方が効果的だと学習したのでしょう)


 失礼な奴め、とドーラに悪態を吐くが、基本的に策とは相手の嫌がる行動なので、あくどいというのは間違っていない。だが、面と向かって言われると面白くないのも確かだった。



 この後、ホランドへの対応はどうするのかと議題となり、アラタが複数の策を用意していると、非常に楽しそうに語るのを見て、またこの若造は碌でも無い悪巧みをしているのかと会議室の面々は溜息を吐いて呆れた。

 現状ドナウはホランドと不戦協定を結んでいるので、それを公然と破る事は出来ないが、表立ってホランドに戦争を仕掛けなければ問題無いと前置きを語った上で、幾つかの確認を直轄軍を預かるオリバーに質問をする。その質問にオリバーは怪訝そうな顔になりながらも、自分の把握している事を可能な限り教える。オリバーからすれば、また自分や軍に難題を押し付ける気満々の若者に胃が痛くなったが、同時に自分達を信頼してくれるのだから、若者の想いに答えてやらねばと考えていた。

 全てを聞き終えたアラタは自身のユゴス支援と対ホランド戦略を一同に語る。話を聞いていた閣僚達はアラタの策略の悪辣さに反発を覚えるが、手をこまねいていては取り返しのつかない事態に陥るとも理解していたので、感情では納得出来ないものの最後は認めざるを得なかった。

 案の定無理難題を押し付けられたオリバーは、また厄介な仕事が山積みされていくと嘆いたが、外務省と諜報部も同じぐらい働くと言って彼を慰めた。さらに財務省へ特別予算の申請をすると、長官のテオドールが難色を示そうとしたが、王の手前突っぱねる事が出来ず、渋々承諾する事となる。



 大雑把ながら今後の方針を決定したドナウ上層部は一旦会議を終了し、各々の仕事へと取り掛かる。今回も難しい懸案を任される事になるが、出来なければ故国が一層不利な状況に置かれるのは分かり切っていたので、手を抜こうなどとは誰も考えなかった。

 495年2月、まだまだ雪の降る寒い日だったが、西方はさらなる戦火が燃え広がろうとしていた。



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