第78話 因果応報



「ヒャッハー!!ホランドの野郎なんざ腰抜けばかりじゃねーか!今まで散々デカい面しやがって、胸糞悪いんだよてめえら!」


 ドナウ歴494年1月――――サピン王国がホランド王国に宣戦布告し、すぐさまホランド領土に侵攻。各地の駐留軍を撃破しつつ、かつてのリトニアとプラニアの領地を占領していった。幾ら精強なホランド軍とは言え、防衛体制の整っていない状況では碌な手立てが打てるはずもなく、なすすべもなくサピン軍に敗退を繰り返していた。さらに軍は昨年より併合地の反乱鎮圧に駆り出されており、各地に散っていた。その為、一番大きな集団でも三百名程度の小規模集団だった。これでは各個撃破されても仕方が無い。秘密兵器として持ち込んだナパームも碌に使う事無くホランド軍を下したので、サピン軍も取るに足らぬ相手と評価するのは無理もない。

 サピン軍はそのまま勢いに乗り、駐屯地やその土地を管理していた代官の屋敷を襲撃、財貨を略奪した後、兵士の家族たちを見せしめの為に連れ出した。

 古今、戦に負けた兵士やその家族の末路など分かり切っている。男は殺して女子供は犯し抜く、ただそれだけだ。

 一つ違う事は、駐屯地で兵士の慰安婦をさせられていた地元民の女性らを解放し、それなりに慈悲を与えて保護した事ぐらいだ。尤もそれは散々に玩具にされて、壊れかけた女に興味が無く、目の前にもっと上等な玩具が沢山あったからで、特別サピン軍が慈悲深い訳では無いのだが。


「はん!ホランドの畜生共がひでえ事しやがるぜ!ここはいっちょ教育の為に俺らが同じ目に遭わせてやらねえとな!おうお前ら!俺はこの娘一人で良いから、後はお前らの好きにしていいぞ!男は適当に痛めつけてから、この辺りの村の男共に呉れてやれ。あいつらも今までの恨みを晴らしたいだろうからな!」


 そう言って隊長らしき男が、縄で繋がれた美少女を力いっぱい引っ張り、地べたに這わせた。少女は自国の兵とは違う、屈強な男共に囲われて涙を流しながら恐怖に脅えていた。自分がこれからどうなるのかが完全に理解出来ているのだ。


「ヒュー!さっすが~隊長!話がわかるッ!ヘッヘッヘ、見ろよこいつら!今まで美味いもん食って、ふんぞり返ってたから髪も肌もつやつやだ!!こいつは抱き甲斐があるってもんだぜ!」


 兵士達の欲望に塗れた視線と絶叫で、恐怖のあまり失禁し出す女性も居たが、そんな事はお構いなしとばかりに、サピン兵は女性たちの服を力任せに破り組み敷くと、獣のように襲い掛かった。

 蹂躙される女性たちの悲痛な叫び声は男からすれば甘美な音楽のようにも聞こえたのだろう。彼女たちはホランド語で叫んでいたのでサピン人には分からないが、彼女達が何を叫んでいるのかは理解出来る。それが兵士には愉快で堪らないのだ。犯し、辱め、奪い尽す。それこそが雄の獣欲を満たす最大の余興なのだ。



 このような光景がホランド各地で繰り広げられ、阿鼻叫喚の地獄絵図を絶え間なく生み出し続けていたが止めようとする者は居ない。なぜならこの光景は二十年前からホランドが生み出し続けていた光景であり、かつての三国の住民が受けた仕打ちと何ら変わりない光景でしかない。単に今回はホランドが受ける側に回っただけの事でしかないのだ。

 止めようとした者は殺され、死体を木に吊るされた。今まで弾圧されていた多くのプラニアとリトニアの民は喝采を挙げ、サピンを熱狂的に支持したものの、特に何かするつもりは無かった。実際問題ホランドが弾圧し過ぎて住民が息も絶え絶えであった事と、ドナウから幾らか情報を貰っており、いずれホランド本国から本隊がやって来たら、すぐに叩き返されると伝えており、余り深入りするつもりが無かった。しかし歓迎しない訳にはいかないので、何も出せる物が無いがサピンには感謝している事と、これからはサピンこそが主人であると上っ面だけ従う振りをしていた。それに気を良くした西方面サピン軍司令官エウリコと北方面サピン軍司令官アルフォンソは住民の保護を約束し、各地のホランド人達を襲撃し続け、占領地を拡大し続けたのだった。



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 次々と領地を占領されていたホランドも手をこまねいたわけではない。彼等は宣戦布告を受けてすぐに兵を集め、食糧を調達していた。そしてようやく派兵の準備が整い、進軍を開始するのだった。

 ホランド王宮では出立の儀が執り行われていた。謁見の間では戦装束に身を包んだ第二王子ユリウスが、父であるドミニク王に全権を委ねられ、内心小躍りしたい気分だったが、流石に国の重鎮の集まる場所では自重していた。彼等の親族には各地の駐留軍所属がそれなりに多くいる。中には実の子供が赴任している者も居るのだ。

 そんなユリウスに対してドミニクの心境は陰鬱だった。あと二手で西方の覇権を確固たるモノに出来たのに、ドナウに躓いたばかりにサピンまで調子付いて故国に剣を向けてきた。あまつさえ折角拡大した領地を奪い取られてしまったのだ。何よりも、今この場で軍の全権を与える者が自分が後継者と見込んだバルトロメイではなく、ユリウスなのが気に入らなかった。

 ユリウスとてドミニクの実子ではある。だが、目の前の若造は才はあっても驕り高り、他者を見下す癖がある。自らが王だと喧伝し、跪かせる事こそ王者の証と嘯いて止まない。事実ではあるが、それでは人は付いて来ない。それが理解出来ないからこそ、次代の王には相応しくないのだ。

 だが、そんな事はもう言ってられない。各地でサピンが駐留軍を撃破し続け、これ以上ホランドの武威が失墜すれば併合した地域の反乱が激化しかねない。ここでサピンを打ち倒し、再びホランドの武を示さねば今までの二十年が水泡に帰す。それだけは避けねばならないのだ。


「ユリウスよ、そなたに騎兵一万五千、歩兵五千を与え、サピン軍の撃破を命ずる。ホランドを侮り、我が民を辱めた報いを存分に与えてやれ。―――武運を祈る」


「―――ははっ!陛下の御期待に沿えますよう、一命を以て励みます」


 こんな鼻持ちならない青二才でも我が子には変わらない。ドミニクは息子の身を心から案じていた。ユリウスもそれは分かっているので、含む物はあっても素直に言葉を受け取った。不器用ながらも二人が親子である事には変わりないのだ。

 ドナウとの戦いで七万の本国軍も半数近くに減ってしまい、急いで駐留軍から一部を摘出して再建したのだが、その結果治安維持に支障をきたし、反乱騒ぎにまで発展していた。さらにドナウから逃げ帰った一万五千の騎竜兵も蔑みの目で見られて相当士気も下がっており、一応本国に留め置かれたものの、精強とは言えなかった。

 このような状況にあっても大国ホランドの軍事力は侮れるものでは無く、今回ユリウスが指揮する二万の兵でもサピンの総軍よりも多いのだ。さらにサピンは軍を二つに分けていたので、迅速な行軍によって各個撃破する事をユリウスは進言し、その為に今回は騎兵に加えて足の速い歩兵を選りすぐって編成、サピンを叩くつもりでいた。まずは西に居座っているエウリコ軍を討伐する手はずになっており、最新の情報では旧アルニア領の南で略奪に励んでいるとの事で、ホランド本国から近い事もあり早急に排除する必要があったのだ。

 ユリウスが謁見の間から退出する際、一人だけ部屋の中で年齢の違う者が彼に話しかけてきた。


「ユリウス兄様、悪人退治頑張ってくださいませ。タチアナは兄様の無事を祈っています」


 彼女はタチアナ=サシャ=カドルチーク。ドミニクの娘であり、バルトロメイとユリウスの妹である。今年12歳になる少女を上の兄達は非常に可愛がっており、普段仲の悪い二人が唯一と言って良いほど、意見を同じくして可愛がっていた。


「心配いらん。私はすこしばかり悪人どもを打ち払ってくるまでだ。お前は何の憂いも無く城で過ごしていなさい。この兄が負ける訳が無い」


 もう一人の不出来な兄と違うのだよ。そう口にしようとしたが、随分前にタチアナがバルトロメイと仲良くしてほしいとお願いしてきたこともあり、タチアナの前だけでは不仲を晒さなかった。我ながら甘いと思いつつも、妹にだけは弱かった。バルトロメイも同様で、どれだけ反りが合わなくとも、妹の意見は可能な限り尊重していたのだ。

 そんな妹の激励があればサピンなど物の数ではない。それどころか、先年祖国に屈辱を与えたドナウとて一捻りで叩きのめしてくれる。ユリウスはそう己の中で勝ちを確信し、戦場へと向かうのだった。


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