第68話 ユゴスとレゴス



 西方地域で一番古い王家はどこかと聞かれたら、迷わずユゴスとレゴス王家と知識人は答えるだろう。あるいはもっと古い王家は歴史上存在していたのだが、現存している王家となれば両王家が一番古いと言える。ドナウは五百年、ホランドは四百年に満たない歴史だが、ユゴスとレゴスは七百年を超え、現在もその最長記録を伸ばし続けていた。

 元々はユゴス王国しかなかったのだが、数百年前に王家が分裂してしまい、丁度国内を二つに別ける山脈を境にした別の国として出発する事になったのが現在のレゴス王家である。それから度々休戦を挟みつつ、互いに雌雄を決するべく戦争を仕掛け合っていた。最早最初の争いの理由すら忘れて憎しみを育み合った両国は、互いを不倶戴天の敵と認識しており、国民は互いに戦う事が日常の一部と認識するまでになっていたのだ。

 普通なら何百年も戦っていたら破産して国が滅んでしまうが、それをさせないようにギリギリの所で互いが休戦を申し出て、決定的な滅亡を防いでいるので、外国からすれば演習をし続けているようにも見えている。尤も当人達は大真面目なのだが。



 そんな地球の英仏百年戦争のようなグダグダの戦争を長々と続けていた両国だったが、最近になって完全に仲直りしようという動きが見えていた。勿論民衆はそんな事知りもしないが、互いの王家は密かに交渉パイプを構築して連絡を密に取り合っていた。いい加減、理由すら定かでない戦争にうんざりしていたのだろう。

 アレクサンドル=ユリアーノ=グリエフ、レゴス王国の国王がその最初の一歩を踏み出した。彼は軍事はからきしだったが、内政の才の溢れる人物で、年々無視できない軍事費を苦々しく思っていた人物で、どうにかしてこの無駄な金を減らしたいと常日頃から考えており、王になってから長年かけてユゴスと秘密裏に交渉を重ねていた。



 そんな時、隣国のホランドと西の遠方の国であるドナウが開戦に踏み切る事をユゴスから聞かされ、対ホランドの三ヶ国間秘密協定を打診された時、自分に運が向いて来たと感じた。ユゴスとレゴスだけでは互いの国民や貴族が邪魔をして友好など夢でしかなかったが、間に入る国が一つでも有れば緩衝材として機能する可能性があるのだ。そして、近年領土拡大を続けるホランドに対する備えと大義名分で武装すれば、幾らかは反発も弱まると予想していた。

 ドナウが強国ホランドにどこまで対抗出来るかは未知数だったが、自ら戦端を開く以上は勝つ自信があるだろうと、些か楽観的ではあったが信じてみる事にした。その結果は見事にホランドを下し、一時的にではあるものの強国を弱体化させる大金星を挙げたのだ。



 さらに慶事は続き、ドナウ側から第一王子の嫁を欲しいとレゴス王家に打診があり、それをアレクサンドル王は二つ返事で了承した。幸い、王女は一人嫁ぎ先の当てのないのが居たので、この際ドナウに押し付けてしまおうと在庫処分的考えで、送り出す事を決定した。


「長旅ご苦労だったなアンドレイ。余の名代としてドナウに祝い客として赴いたが、我が義息となるエーリッヒ王子はどのような男に見えた?英傑か?暗愚か?はたまた凡庸か?」


 レゴス国王アレクサンドル=ユリアーノ=グリエフは、テーブルに対面で座る男に真剣な様子で質問を投げかけていた。男は歳の頃は40程度の偉丈夫で、軍人として鍛え上げられた鋼のような肉体を誇示するような薄手の装いを纏い、自らの仕える王に敬意は払っているものの、どうにも気安い雰囲気を隠しもしなかった。


「はは、私から見て忌憚のない意見を申しますと、エーリッヒ王子は凡庸の域を出ない男でした。甘く見積もっても秀才には届かぬ男、ですが暗愚でも身の程知らずではないようです。自らの才と折り合いをつけて、可能な限り無理をせず堅実に生きる男ですな。あれは間違っても軽はずみで国を傾けるような判断をする王にはなりますまい」


 アレクサンドルは従兄弟でありレゴス軍総大将を務めるアンドレイ=レジェンスの言葉を聞き、安堵の息を漏らす。これから自らの娘を嫁がせる男が暗愚でない事と、これからの同盟国の未来を背負う若者が容易に国を滅ぼさない事を知り、思わず安心してしまったからだ。アンドレイは三度の飯より戦の好きな男だが、考え無しの阿呆では無い。むしろ冷静かつ頭の回転の速い年上の従兄弟を、アレクサンドルは兄の様に頼りにしていた。当然、観察眼も相応に養われており、自らの目の様に信頼出来た。


「それは何よりだ、幾ら手を焼くはねっ返りでも余の娘には違いない。そんな娘を愚か者の元に送り出したくはないからな。そちらは安心したが、肝心の王女の結婚はどうだった?噂の平民には会えたか?」


「無論です。祝いの客として少しばかりですが話も出来ましたし、使用人や他の貴族の評価も聞けました」


 噂の平民とは勿論アラタの事だ。やはり王女が平民に嫁ぐなど驚天動地の出来事であり、どの国でも話題を掻っ攫っている。しかも同じドナウ人でもなく、出自不明となれば一層謎めいた人物に感じられるのだろう。


「ドナウ内でも随分と意見が分かれているようですな。城勤めの貴族には受けが良いようですが、地方領主やその一族からは相当毛嫌いされています。まあ、生まれの定かでない平民が王家に入り込むのですから、彼等の言い分も分からなくはないのです。ですが、軍人や学者には随分と慕われているようでして、相当な知識量から教官や教師役を勤めてるとか。それに城の使用人達もあまり悪く言う者は居ないようですな。禁欲的で何を考えているか分からない所がある事を除けば、という但し書きが付きますが」


「ほう、そういう人物か。ただ、国内の反発はそれなりに強そうだな。まあ無理もない。余とて平民に自分の娘を嫁がせるなど考えもせんわ。それがどれだけ功績のある者だとしてもだ。という事はドナウの王は随分と思い切った手を打ったわけだ。それほどまでに得難い男というわけか。お前はどう思う?」


「そうですな、有能な男というのは他の者の見識と一致しますが、間違っても禁欲的な男ではありませんぞ。あれは稀に見る俗物でしょう」


 アレクサンドルはドナウの人間と信頼する従兄弟の言葉が相反している事を不思議に思う。あるいは噂の平民が見事にどちらかを欺いているのかと思い、詳しく話を聞きたかった。


「あれは万人が欲するような財産や高い地位に見向きもせず、ただ己の欲する物にしか興味を抱かないだけで、あの男の本質は愉悦欲しさにドナウに居座っている俗人です」


 愉悦と聞いてアレクサンドルは顔を顰める。王といえども常人の感性は持ち合わせている。ただ単に、愉悦を優先させるなど、およそまともな人間には思えないのだ。


「ではお前はその男が何を欲しているのか分かるのか?」


「はい、あれは間違いなく将の器を持つ武人です。自らの采配で敵を躍らせ、惨たらしい結末を強要する事に愉悦を覚える資質に溢れています。ここからは私の私見ですが、あの男は相手が強ければ強い程、屈辱を味合わせたくて仕方の無い気質なのでしょう。弱い者、逃げる者には見向きもせず、より強い者を壊す事に無上の愉悦を覚える生粋の俗人なのですよ。私にも幾らか覚えがあるので、すぐに合点がいきました」


 アンドレイ=レジェンスは貪欲な男である。王族の血を引き、名門貴族レジェンス家の当主であり、レゴス一の将の名を欲しいままにしているが、心の中ではずっと飢えていた。己の力を全て出し切っても勝てない相手を探し続けていた。同等のユゴスでは物足りず、格上であるホランドと戦をしたかったが、王がそれを望まないのであれば勝手に戦を仕掛ける気は毛頭ない。不満はあっても己の欲の為に他者を巻き込まない分別はあるのだ。

 より強い者と戦いたいという欲望を持つこの男だからこそ、似た欲望を抱えるアラタの本質を一目で理解出来たのだ。尤も、アラタの方が手段を選ばない外道ではある訳だが。


「また何とも扱い辛い男なわけだ。だが、ホランドは西方の四国を合わせてようやく並べる大国。遊び相手にはうってつけという訳だ。ホランドも哀れよな、なまじ強いがゆえに妙な男に目を付けられる。ところでドナウ王家はその男を御してるのか?王女一人だけでは不足な気がするのだが」


「今の所は問題無いでしょう。王の信も厚く、王子二人とも良好な関係を築いているとか。さらに当の王女も悪感情は抱いていない様子。ふらりと流れてきた根無し草のようですが、ドナウにそれなりに愛着があるようですから、おかしなことは考えないでしょう。まあ、それもホランドがいる間ですが」


 今の所は噛み応えのある玩具を与えられて満足しているようだが、それが無くなればどうなるかは分からない。分からない以上手を打っておくのが為政者の義務であるが、困った事にその原因が他国に居るのだからレゴスからは手出しは出来ないのでドナウに頑張ってもらうしかない。



 それから二人はドナウを含めた各国の動きを確認し合い、今後どのような情勢に動いていくのかを予想していた。特に友好国のサピンで戦の準備が始まっている事や、ホランドが併合した地域から反乱の兆しが見えて来た事、不倶戴天の敵であるユゴスにも僅かばかりだが関係修復を望む者が増えてきている事、そしてこれから重要な同盟国になりうる可能性を持つドナウの台頭には頼もしさと同時に警戒も必要だった。

 国家に真の友人は居ない。あるのは打算だけであり、いつかドナウとも剣を交える日が来ないとは限らないのだ。



 二人が自国の未来を語り合っていた時、不意に息を切らせた使用人の一人がやって来て水を差す。相当に慌てているようで、国王の前だというのに一切の作法を忘れ、無様を晒していた。本来ならそれだけで手打ちものの失態だったが、緊急の要件なのは明白だったため、見逃すことにした。


「ほ、報告いたします!第三王女オレーシャ殿下が、姫様が―――」


 アレクサンドルは名前を聞いて頭痛を覚える。自分の実の娘であり、近い内にドナウに輿入れさせるつもりのはねっ返りがまた何かしでかしたのか。

 対してアンドレイはニヤニヤとこの状況を楽しんでいた。元気の塊のような従兄弟の娘を彼は随分と気に入っており、女であったが武芸の手ほどきをしてやったほどに目を掛けていた。その娘が何か面白そうな事をしていると思うと、自身も楽しくなってきた。


「少し落ち着け、余も冷静になる時間が欲しい。―――――――――――よし、報告を聞こう」


 使用人はその言葉で幾らか落ち着きを取り戻し、アレクサンドルはわずかな時間で現実を受け入れる体勢を整え、娘が引き起こしたであろう惨状を聞く覚悟を決めた。


「ははっ、では改めまして。オレーシャ様が書置きを残して城を抜け出しました」


「またあのバカたれは!一体何度同じ事をすれば気が済むのだ!!で、今度はどこに行ったか分かるか?」


 アレクサンドルの言葉が事実なら習慣化しているのだろう。しかし、王女が軽々しく護衛も付けずに城を抜け出していくなど見過ごせるはずが無い。さらに今回の使用人の慌てようだと、行先も不味い場所なのが簡単に予想できた。

 使用人は王の言葉にかなり躊躇ったが、隠せるものでも無いのでしどろもどろなりながらも、王女の残した書置きの場所を告げた。


「それがその―――自分の未来の夫になる人の顔を見に行くと書置きが残されていました。恐らくドナウに――――ああ、陛下!お気を確かに」


 あまりに予想外の行先に頭と胃を両方抑えながらテーブルに突っ伏し、呻き声をあげるアレクサンドルに慌てて声を掛けつつ、典医を呼ぼうか迷っている使用人を尻目に、同席していたアンドレイは笑いを抑えるのに必死だった。

 彼は昔からお転婆で男に混じって騎乗や弓を引く従兄弟の娘の行動力を大層気に入っていたが、流石に国外まで一人で出かけるとは思わなかった。以前から一人で城を抜け出しては狼退治や猪を狩ってきた事もあったが、それはあくまで国内に限っての事だ。そんな王族、それも女のしない事を平気で続けるオレーシャを貴族は不快な目で見ていたが、平民や軍の将達はその天真爛漫さを好意的に受け止めていた。アンドレイもその一人であり、もし彼に年頃の息子が居たら迷わず嫁に貰っていたが、残念な事に歳の釣り合う子は居なかったので諦めていた。

 彼女ならば例え一人でもどうとでもなるだろうと心配していなかったが、それは別としてドナウに釈明の使者を送る準備を整えなければとも考えていた。なぜなら自身の仕える王が心労で役に立たないとなれば、代わりを務めるのは自分なのだから。



 そして後日ドナウでは、お転婆な妹が嫁いで片が付いたと思ったら、それ以上のじゃじゃ馬が嫁にやって来たエーリッヒは胃痛で泣きたくなった。アラタは他人事だったので大爆笑していたが。


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