第66話 王位を狙う者達



 サピン王国は西方地域の南西部に位置し、ドナウやホランドと違い山がちな土地と温暖な気候が特色だ。山脈では金、銅、鉄鉱石が豊富に出土し、その鉱物を加工して他国に輸出する加工貿易が盛んだ。平地では温暖な気候を利用した果実の栽培やイネ科の作物を主に栽培している。

 加工貿易を得意としている事から、同じく貿易の盛んなドナウとはやや仲が悪い。最近はあまり戦争になっていないが、過去には幾度となく交易路を巡って海戦に発展した歴史があった。

 そのような歴史があっても外交官や駐在武官を受け入れる程度には国交を持っており、先日のマリア王女の婚儀にも名代を送っていた。尤もそれは個人を祝福した物では無く、情報収集が目当ての派遣でしかない。国家の付き合いとは利害の兼ね合いだが、サピンとドナウは特にその色が強いのだ。



 サピン王国の王城は西方でも華やかさにかけては随一と言える。国内の鉱山から黄金が豊富に採掘され、それを使った装飾によって王城全体が黄金に包まれているのだ。サピンにおいて黄金は王家の権威の象徴と言える。

 その王城の中でも一段と煌びやかな場所の椅子に、疲れ切った老人が腰かけていた。


「マウリシオよ、こたびのドナウへの長旅、大義であった。余の名代として不足は無かったか」


 疲れ切った様子の老人は、目の前で平伏する同じ年頃の老人を労う。この疲れた顔をした老人が、サピン王国国王アーロン=カルデ=エレディアだ。既に65を超え、いつ命を落としてもおかしくない身であった。


「はは、全ては陛下の御威光有っての私めでございます。このマウリシオ=バルレラは、陛下あっての身と心の底より思うております故」


 非常にへりくだった物言いの老人にやや鼻白みながらもアーロンは捨て置いた。このやり取りも既に四十年は繰り返している為、互いに飽きていても形式は守らねばならなかった。


「バルレラ宰相よ、私からも労いを言わせてほしい。如何に貴殿は宰相と言っても、その年では船旅は辛かろう。伯父上が貴殿に任せなければ、私がドナウに名代として出向いたのだが。宰相殿もそろそろ隠居を考えてはどうか?」


 宰相を年寄り扱いし、軽く見た発言を隠しもしない中年の男が哄笑する。彼はアーロン王の実の甥であるエウリコ=ロドリー=エレディアであり、現在のサピン王宮の一大派閥の長に就く者だ。文武に優れた俊英だが、その事を鼻にかける言動が目立ち、実力はあっても人望が無いのだが、血筋の優位から従う者は多い。


「エウリコ殿、宰相殿への失礼な物言いはお控えなさいませ。貴殿は年長者への配慮に欠ける言動が目立ちますぞ。特に宰相殿は貴殿の義理とは言え伯父にあたるのですから、もう少し軽はずみな発言はお控えなさい」


 エウリコの年長者への配慮に欠ける言動に苦言を呈するのがアルフォンソ=ディアスだ。彼はサピンの大貴族ディアス家の一員で、現サピン王の娘婿の一人だ。エウリコと違い才能に恵まれないものの、話術に長け、貴族間の利害調整に奔走して対立を未然に防ぐ事が多く、多くの貴族や王族から何かと信頼されていた。彼もまた王宮で一大勢力を築いた実力者の一人であった。


「ふん!王族たるこのエウリコに物を言うとは、随分と偉くなったではないかアルフォンソ。王の娘婿であっても過ぎた増長は身を亡ぼすと思えよ!」


「何を仰る!増長しているのは年長者を馬鹿にする貴方だ!幾ら才と血を持ち合わせようと、人が付いて来なければ価値など無いと理解できないようですな」


 売り言葉に買い言葉、互いに嫌味と凄みで謁見の間で罵り合う二人を見たアーロンは溜息を付いてマウリシオに話しかける。


「それで、件のドナウの婚礼はどうだった?噂の平民の婿には会えたか?」


 アーロンは対立する二つの派閥の長の対立など見飽きており、二人を無視して腹心の宰相にドナウの様子を話させる。


「はい、短い時間でしたが直接話をする機会がありまして、人となりを幾らか掴めました」


 現在、強国ホランドを破ったドナウは西方で一番注目を集める国であり、その国の王女と婚姻を結ぶ出自不明の平民となれば注目しないはずが無い。さらにその男が戦で多大な戦果を挙げたと聞けば、僅かでも情報は仕入れておきたかった。


「何と言いますか、一筋縄ではいかない、歳に似つかわしくない老獪さを感じさせる青年でした。まだ20を過ぎた程度の若造と思えない雰囲気を持ち合わせており、本人は元軍人と語っていましたが、老練な商人と話をしているような錯覚を覚えまして、礼儀作法に通じていても貴族では無いですな」


「ふうむ、それは予想外の人物像だな。噂ではホランドとの戦の計略を練っただの、新兵器のナパームとかいう油を開発した知恵者という話が多かったのだが」


「それも否定致しませぬ。噂通り学者や軍の指揮官に勉学を教えているそうで、かなりの知識を持っているとか。さらにはそれを鼻にかける事も無い、克己的な人物と見受けました。ただ、どうにもちぐはぐな印象でして」


 克己という言葉にいささか感情が入っているのは、傍で言い争っている内の一人への当てつけもあるのだろう。ただ、それを別にしても当人との会話で、自らを誇るような言葉を口にしなかった事からそういう気質なのだと認識していた。

 若者とは必要以上に己を大きく見せようとするもので、特に身分に隔たりがある場合、その身分差を快く思わないこともあり、他者を貶める事が往々にある。だが、マウリシオに対応したアラタは己を誇示することなく、己の戦功はドナウの全ての人間の手柄だと語り、一人では大した事は出来ない非力な人間と自らを評価していた。アラタからすれば成り上がりと貴族達から目を付けられて足を引っ張られない為の振る舞いなのだが、貴族、それも他国人には異質な存在に感じられ、さらには名より実を取ろうとする姿勢から商人のような男と見られていた。この西方では軍人もまた面子を重要視する傾向があり、武勲を誇らないアラタを軍人と見なす事は常識から難しかった。


「はっ!そのような出自の妖しい平民なんぞどうでも良いではないですか。どれだけ小賢しかろうと所詮は卑しい平民、ドナウのような農民上がりの王家には似合いというもの。尤も最近は農夫から油商人になったようですが」


 アルフォンソとの口論に飽きたエウリコが二人の会話に割って入ると、ドナウの建国王フィルモが農民から王になった事を皮肉り、あちこちにナパームを売りつけて大金をせしめた事を馬鹿にしていた。自らの先祖も元をたどれば最初は王ではないはずだが、そんな事は無視して散々にブランシュ王家を扱き下ろすエウリコを三人は冷ややかな目で見ていたが、いい加減うんざりしたアルフォンソが強引にでも話題を変えようとホランドへの対応を話題に挙げた。


「ところでホランドですが、どうやらドナウに負けた事で領民が軍を恐れなくなったのでしょう。併合した地域の反乱に手を焼いているそうです。我々にとってもこれは好機と言えます。宣戦布告後、反乱に乗じてすぐにホランドへ侵攻致しましょう」


 サピンにもホランド内の反乱は伝わっている。さらにサピンの特使が宣戦布告の文を携えて旅立っているので、軍の準備が整えばすぐにでもホランドへ侵攻が可能なのだ。その軍には当然ドナウから買い取ったナパームが配備されており、兵士達はホランドなど恐れるに足らずと息巻いていた。ただし、ドナウ直轄軍に比べると取扱いの知識も経験も圧倒的に不足しており、有効利用できるかは未知数と言えた。

 さらに軍団の大半はドナウ直轄軍と違い、貴族に徴兵されただけの即席兵士でしか無く、エウリコ派とアルフォンソ派で真っ二つに別れていたので、どちらも七千程の軍勢しかいない。これでどうして精鋭ぞろいのホランド軍に勝てると思うのか。三万の兵士を失ったとは言え、まだ本国には四万の兵が残っているのだ。いくら各地で反乱の火の手が昇って手を焼かされていても地方軍は健在、半分の二万を本国の防衛に残してもまだ二万の兵が派遣できるのを知っていてなお楽観視していられる辺り、お気楽にも程があった。

 おそらくはドナウの大勝を見てホランドを過小評価している事と、新兵器ナパームを過大に評価しているのだろう。三万の犠牲に対し、数十人の死者などという常識外の結果に目がくらみ、物事の本質をまるで理解していないのだ。その過信のツケは兵士の命で賄わねばならないのだから、兵士にとってはいい迷惑である。


「うむ、ホランドとの戦で功績を挙げた者が次の王になるのだ。二人とも励むのだぞ」


「「ははっ!!お任せください陛下!!」」


 常にいがみ合っている二人だが、こんな時だけは息を揃えて返事をするのだから不思議なものである。



 アーロンには男児が居ない。いや、過去には居たが全員命を落としてしまい、次のサピンの王は未だ決まっていなかった。既に齢65を数えるアーロンだったが、一向に後継者が決まっていないのは幾つか理由がある。その一つが本人の優柔不断さである。自身の息子が一人でも生きていればすんなり王位を譲れたが、残念な事に全ての息子に先立たれ、一族から後継者を決めようにも、自身の性格が足を引っ張り、この年になってもまだ決めかねているのだ。その事を助長しているのが、二人の親族だった。一人は実の甥のエウリコで、もう一人が娘婿の一人のアルフォンソだ。どちらも有能さで拮抗しており、同年代なのが判断を迷わせていた。

 サピンの王宮はこの二人を主軸とした二つの派閥で争っており、今回のホランド侵攻の話が無ければ確実に内乱になっていたほど、険悪な仲だった。実はこの二つの派閥を争わせて激化させていた人物が身近にいる。


(馬鹿共が。貴様らは精々血を流して浮かれていろ。最後に笑うのはこの私と王家の血を引く我が息子よ。貴様らは共食いし合って醜く死んでいけ)


 宰相のマウリシオ=バルレラもまた、サピンの王位を虎視眈々と狙う野心家の一人だった。彼の妻はアーロンの実の妹で、その息子にはれっきとしたサピン王家の血が流れている。つまり彼は王の義理の弟だ。二つの派閥を喰い合わせ、漁夫の利を得ようと、散々に争いを煽って来たのも息子を王座に就ける為の工作であり、そうとは知らず争い合う二人を内心馬鹿にしつつも、表向きは仲裁に入って争いを長引かせてきたわけだ。

 今の所彼の目論見は成功しており、さらにこのホランド侵攻戦で二人が失敗しようが成功しようが、相応に兵力が削がれると予想して、自らが第三の派閥として台頭する手はずを整えていた。



 アラタからすれば嘲笑物の杜撰さで謀略を練るマウリシオを含めた三人は、自らが王位を、あるいは息子に王位をもたらすべく強大な敵を前にしても仲違いをし続けるのだった。曲がりなりにも一枚岩でホランドに立ち向かっていったドナウとは天と地ほども違い、何故こうなったのかは当人達には欠片も理解していなかった。あるいは理解出来ないからこそ、歩み寄らずに王座を手に入れようと争っているのかも知れない。



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