第4話 斧より大切なもの

 「いつものあいつは生真面目を絵に描いたような男だったんだが、ここに来た時のあいつは明らかに様子がおかしかった。常に下を向いて何事かぶつくさとつぶやいていた。木こり仲間の一人が斧を持っていないことに気がついて理由を訊きに話しかけたんだがな、その時だよあいつが急に何事か叫んだと思えばそれと同時にあの化け物どもがどこからともなく現れてワシらを襲い始めたんだ」

 話を聞いていたレイナが事態を理解したように一度頷いた。

 「どうやら私たちが追い求めていた人物がカオステラーに意識を乗っ取られていたと見て間違いないわね」

 状況的に見てそれは間違いなさそうだった。まさか助け出そうとしていた人間が渦中の最大の敵になるとは思いもしなかった。

 そこへ話の間中、黙ってしまっていた女神が口を挟んだ。

 「……どういうことなのでしょうか。あの若者がこんな悪事を働くことになってしまうとは。やはり私に何か原因があるのでしょうか?」

 女神の肩が小刻みに震えていた。斧を持つ両手にもいつも以上に力がこもっているように見える。

 「カオステラーに狙われたら本人の意思とは無関係に事を起こしてしまうの。彼もこうなることは望んでいなかったはずよ」

 「どうやら女神さんの抱いた疑念を晴らすには、件の木こりを捕まえてとっちめるしかなさそうですね」

 「問題はその彼がどこに行ってしまったかということになるんだけど……」

 「なあ爺さん。そいつがどこへ行ったのか心当たりはないか?」

 「だからじじい扱いを……そういえばあいつは化け物を呼び出したときに女神様がどうとかうわごとのように叫びながら飛び出していったな」

 「女神様に会いに行ったかもしれないと。でもどこへ?」

 「……私が普段居るのはあの泉です。行きましょう」

 女神は率先して外に向かった。木こりには村に帰るように言い置いて、エクスたちも慌てて女神に続いて小屋から出て行った。

 月夜だけが照らす暗闇の中を早歩きで泉に向かう女神を追いつつ、一心不乱で歩く彼女の胸中を考えると複雑な物が渦巻いているだろうと推察された。一人の若者がカオステラーに取り込まれてしまい、木こりたちに被害が出た原因が自分にあるかもしれないのだ。堪える物があるだろう。

 歩いていてどれほどの時間が経ったか。張り詰めた緊張の中で時が経つ感覚が麻痺していた。長いような短いような時間でエクスたちと女神が出会った泉に辿り着いた。

 夜風が吹き、エクスたちの心情を表すかのように草葉が揺れ、泉の水面に幾条もの波紋を浮かびあがらせている。

 女神が周囲を見渡す。

 「私はここに居ます。出てきてください!」

 ここにいるであろう彼に向かって声をかけた。しかし、反応なく風の音だけが聞こえるようになると、まるで虚空に向かって声がけをしている気持ちになってくる。

 ここに彼はいないのではないか、そう思った時、地面を踏みしめる音が聞こえてきた。

 音の聞こえてきた方に目を向けると一人の若者がこちらに向かってきている。その彼を見た女神の口元が引き締まった。彼こそがエクスたちが探してきた木こりなのだろう。

 しかし、カオステラーに操られているためか、彼の目に生気が感じられない。そんな状態の彼に女神が話しかけた。

 「ここであなたと会ったとき私はあなたが清らかなここ斧持ち主であると確信しました。助けた木こりさんからもお聞きしました。あなたは真面目な木こりであったことを。それなのになぜ、どうしてあのようなことをされてしまったのですか?」

 彼は質問には答えず、ゆっくりと女神の胸元を指さした。

 「……その斧は俺そのものだったのです。」

 「この斧のこともお聞きしました。よく手入れの行き届いたこの斧はあなたの性格も表している。これはあなた自身であると。あなたにお返しいたします。これを見て正気を取り戻してください!」

 「そういうことじゃないんだ! その斧はあなたに送ったんだ! 俺自身を!」

 「クルアアアアアッ」

 彼の激高した声に合わせるようにヴィランたちの咆哮があたりから届いてきた。いつの間にか囲まれていたらしい。

 「ついに相手の本丸に乗り込んだって感じだな。いいぜ、返り討ちにしてやろうじゃねぇか!」

 「女神さん、こうなったらやることは一つです。こいつらをこてんぱんにすることです」

 「そうすれば彼からカオステラーは引きはなさられるはずよ。やってやりましょう!」

 「ここで彼を助け出せれば木こりたちも元に戻り、女神様から立ち去った理由もわかるはずです」

 「わかりました。戦いましょう。いざっ!」


 戦いが終わると夜が明け始めていた。ヴィランたちの姿は見えない。レイナもカオステラーの気配が感じられなくなったと告げていた。

 横たわっている木こりの若者に急いで駆け寄った。女神が背中から抱き起こしてあげると少し呻いた後に彼は気がついた。

 「……あれ、なんで女神様が、一体俺は今まで何を?」

 「今まであなたは悪い者に取り憑かれていたのです。でも、もう大丈夫、私たちがあなたからその悪い者を追い払いました」

 「……何があったのか皆目見当もつきませんが、ありがとうございました」

 「そういえば覚えてはいないと思いますがあなたが取り憑かれていたときに、この斧を差し出したらあなたは私に送った物だと仰っていました。それはどういう意味だったんですか?」

 「ああ……それは、その……」

 急に口ごもり、突如彼の顔が紅潮していったのを見てエクスたちは顔を見合わせた。もしかすると……。

 「……女神様の前で嘘を言うわけにはいかないですね。泉に斧を落としたのはあれは実はわざとだったんです。すみません……。以前、他の木こりが斧を泉に落として女神様が出てきた時に金銀の斧を欲して吊されたという話を聞いて、斧を落とせばあなたに会えると思ったんです。そして会えることは会えた。でも、その後にあなたに送った斧の意味が伝わらなかったようで、それで自暴自棄になって、そこからの記憶がないんです。それでその斧の意味なんですが、つまりなんというか……、その斧を自分に見立てて差し出すことで、あの……その……あなたが好きだってことを伝えたかったんです」

 突然の愛の告白。なぜかレイナが「きゃーっ」と小さく叫んで顔を両手で覆っていた。

 当の女神は最初は呆然としたかのように目を瞬かせていた。その内に意味を理解したかのように微笑んでみせた。

 「私は村の方たちに迷惑ばかりをかけていて皆さんから嫌われているとばかり思っていました」

 「そんなことはないです。あなたはどんな悪事であろうと許さない誠実な人だと俺は知っています。それがあなたの魅力なんです。そこに俺は惹かれたんです」

 二人が見つめ合う姿を見ていて、エクスたちは恥ずかしさからいたたまれない表情をしたり、にやにやと笑っていたりと様々な反応を見せていた。


 あたりに霧が漂い始めた。想区と想区の境目、沈黙の森に入り始めた証拠だった。女神らと別れたエクスたちは次の想区に向けて旅立っていた。

 「久しぶりに良いものを見た気がするわね」

 レイナはあれからずっと機嫌が良かった。しかし、そこへタオが何か考え事をしている顔で話しかけた。

 「なぁお嬢、それは良いとしてなんか忘れている気がしねぇか?」

 「何よ、人が気持ちよくあの二人のやり取りに耽っているっていうのに藪から棒に、そんなものがあるわけ……」

 レイナが急に歩みを止めた。何かを思い出した顔をしていた。

 「木片もらい忘れた……」

 そういえばあの想区の最初の目的はそれだった。

 「はいっ、みんな急いで元来た道を戻るわよ。目的を果たすまでは絶対に次の想区には行かないわ!」

 思わずため息が漏れた。

 「姉御、今から戻っても十中八九迷子になって木片どころではなくなります」

 「もう諦めようよ。あの人たちを助けられたことだけでも大きな収穫だよ」

 それでもなお食い下がろうとするレイナをなだめつつ、エクスたちは次の想区に向かって歩みを続けていた。

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斧より大切なもの だるかれーしらぽん @ta28white

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