第3話 木こりたちの山小屋

 助けた村人には木こりについても尋ねていた。彼の話によると木こりはまだ一人も村には帰ってきていないとのことだった。本来なら昨夜は山小屋に一泊した後に昼頃にはみんな揃って帰ってくるはずだったという。

 自然とここは山小屋に向かおうという話になり、全員が一致して賛同した。ただその中で一人、女神は未だに浮かない顔を続けていた。

 無理からぬ話で、村人たちから自分がどう思われていたのか直に接したことでショックを受けていることが見てわかる。今まで正しいことをしていたと思って行動していたことがすべて裏目に出てしまっていたのだ。

 一行が山小屋へと向かう中、伏し目がちになりながらも歩いていた女神が気落ちした声で話しかけてきた。

 「私がこれまでにしてきたことはすべて誤りだったのでしょうか? 運命の書に従い、正しき人々の道標となることが私の役割だと信じてきました。しかし、そうしたことで反対に人々から疎まれる存在になってしまっていた私は一体何を信じて生きていけば良いのでしょう?」

 女神の目には薄らと光る物があった。それを見てエクスは声をかけた。

 「僕は運命の書に書いてあったことが間違いだったとは思いません。ただ、村人との距離の取り方というか、接し方を見誤ってしまっただけだと思います。僕が剣を泉に落としてしまったのを拾ってくださったように、あなたは本来優しい心の持ち主であると僕にはわかります」

 「そうね、いつも調子に乗っているタオにお灸を据えてくれたし良い人には違いないわね」

 「そりゃねぇだろお嬢? お嬢も吊されてみた方が良いかもしれないぞ? 世界の見方が変わって方向音痴が直るかもしれないからな!」

 「そんなので直るわけないでしょ! そもそも私は方向音痴じゃない!」

 「そうです。姉御の迷子癖はその程度ではまさに天地がひっくり返っても直らないものです」

 「シェインまでそんな話に乗っからないの!」

 見れば女神が抑えきれないように小声で笑っていた。エクスたちの話で少しは気が紛れたのかもしれない。

 「皆さんが楽しそうにしていらっしゃるのを見て、私も楽しくなってきました。ありがとうございます。ただ……未だに気がかりなことが一つあるのです」

 「何があるのですか?」

 「この斧を落とした若者のことです。彼が私の目の前から立ち去った理由は、やはり私のこれまでの行いに原因があるのかと……」

 「まだそこに原因があるのかはわかりません。それは本人に伺ってみないことにはわからないと思います。まずは彼を含めて木こりたちを助け出すことを優先的に考えましょう」

 「その通りですね……」

 エクスたちは山小屋に向けて森の中を歩き続けている。一行の不安が募っていくのと合わせるかのように、あたりは少しずつ日が陰ってきていた。

 「あの助けた人の話によるとそろそろ山小屋に着くはずなのですが」

 シェインが口に出したところで先を見ると、木々の開けた場所が見えてきた。そこかしこに伐採された丸太が小山のように積み重なっている。見ればその丸太の小山たちの奥に山小屋が見えた。どうやら目的の場所にたどり着けたようだった。しかし、暗さが増してきてなお、小屋の中からは明かりが見えなかった。

 「さて、それではシェインがちょっくら中の様子を伺ってきますかね」

 村の時と同じくシェインが小屋の中の様子を見てきてくれた。窓から中を伺い、そのまま戻ってきたシェインの顔が浮かないものだったので、だいたいの察しはついた。

 「残念ながら中は"あいつら"で大賑わいでした。恐らくは木こりさんたちのなれの果てでしょう。あの中に生存者がいるとはとても思えません」

 「それでもここまで来た以上は中に入って確かめないって訳にはいかないでしょうね。いくら可能性が低くても」

 「しっかしまぁ、小屋の正面から強行突破ってのはいくら何でも分が悪いぜ? 中にどれだけのヴィランどもがいるのかわからないしな」

 「それなら、おびき出すのはどうでしょう?」

 女神が小さく手を上げながら提案をしていた。

 「ここに丁度、火種になるマッチがあります。小屋の目の前で丸太を組んで燃やせば敵は慌てて中から出てくるんじゃないでしょうか?」

 思いがけない女神の案に思わず口が半開きになった。

 「見た目によらず随分と荒っぽい作戦を考えますね……。そのマッチもよく持っていらっしゃいましたね……」

 「容赦なく逆さ吊りにする女神さんらしいと言えなくもない気がします。今度、色んな物を隠し持つ方法をシェインに教えて欲しいです」

 「飛んで火に入るなんとやらってやつか。試してみる価値はありそうだな。よし、それじゃあヴィランどもとのキャンプファイヤーでもおっぱじめるとでもするか!」

 そう言うとタオが意気揚々と丸太を組み始めた。エクスたちも手伝って木こりたちが丸太を割って作ったであろう薪も拝借させてもらい小屋の目の前に井形に組み上げていった。

 「勢いで作っちゃったけどこれ結構大きくない?」

 レイナが自分の背丈よりも大きくなった丸太組みを見上げながら不安を口にした。考えてみれば火をおこしてヴィランの注意を外に向けるだけなのに、それにしては大がかりな仕掛けになってしまっていた。

 「まぁ良いんじゃねぇか? 火が大きければ大きいほど中の奴らも慌てるだろうしな。それじゃ女神様、火を着けてくれ」

 タオに促されて女神は擦ったマッチの火を火種になる小枝に点火させた。火は小枝から薪、丸太へと徐々に燃え移っていき、最終的には丸太組みを包み込んだ大きな火柱となった。

 想像以上の燃えさかり方にレイナが声を荒げた。

 「ちょっと、これ本当に大丈夫なの! 小屋に燃え移ったりしないわよね!」

 「まぁ、倒れたりしなけりゃ大丈夫だろ?」

 炎は周囲を赤々と照らし、暗がりの中にあった小屋全体を照らし出すほどだった。遠巻きにしているのに熱さが伝わってくる。しかし、当の目的だったヴィランたちをおびき出す効果は伴っていなかった。

 この結果にシェインが落胆の声を上げた。

 「むぅ、ヴィランのくせにこういうことには警戒するとは小憎たらしいですね。いまいち反応がないのは炎の勢いが弱いからでしょうか?」

 「それなら私が風を起こして炎の勢いをもっと良くしてみましょう」

 積極的になった女神がそう言うと、前に突風を起こしたときと同じように手を横にかざした。しかし、これはちょっとまずいと思い声をかけた。

 「待ってください、それだと丸太が……」

 止めようとしたが間に合わず女神が手を振り払うとともに、燃えさかる丸太組みに向かって風が吹き込んでいった。意図したとおりに炎は数倍に天高く燃え上がり、その結果に女神も満足げな顔をしていたが、そこに砕けるような不穏な音が響き渡った。

 「あっ」

 風の勢いのためか炎の勢いのためか、それによって丸太組は見る見るうちに崩れるように倒れ始めた。しかもよりにもよって小屋の方に向かって。

 「ほらっ、言わんこっちゃないじゃないの! 早く、早く火を消さないと!」

 火のついた丸太が幾十も小屋に倒れかかっている。早く何とかしないと燃え移ってしまう。そんな周りがあたふたとする中、またしても女神が進み出てきた。

 「すみません! もう一度風を起こして火を払いのけます!」

 もう一度女神は突風によって小屋へと倒れかかった丸太や薪をどかそうとした。すると今度は勢いが良すぎて一部の丸太が小屋に寄り添うように転がって行ってしまった。それを除けようと風を吹かすと別の丸太が。そんなことを何度かしながら悪戦苦闘しているとどうにか火元を小屋から離すことに成功した。

 「ふぅ……、どうやら小屋は無事だったようですね」

 小屋の周りを確認してみると火の手が移っていないことがわかった。周りには黒く燃え切った丸太があちこちに転がっている。よく見ると何本か異様な形をした丸太がなぜか突っ立っていた。

 「あれ、なんだろう。これも丸太かな?」

 近づいてみてようやくその正体がわかった。

 ヴィランだった。

 「うわっ! どうしてヴィランがこんなところに!」

 「外の騒ぎでやっと出てきやがったようだな。危うく火事になるところだったが、まぁ、結果オーライってやつだろ。出てきたらこっちのもんだ。やっちまうぞ!」


 最後の一体を倒した。これで小屋の中にいたヴィランたちは一掃されたはずだ。

 小屋の中に入って吊されていたランタンに火を灯す。明かりで浮かび上がってきたのはヴィランたちが暴れた結果であろう惨状だった。テーブルやイスはことごとくひっくり返され、様々な道具が散乱している。人のいる気配はまるでなかった。

 「無事だった木こりはいなさそうですね……。誰かいますか!」

 無駄とわかっていても声を出さないわけにはいかない気がした。すると何かを何度も叩く音がどこからか聞こえてきた。

 「なんだ? まだヴィランが残っていやがったのか!」

 すかさずタオが身構えてあたりを警戒し始めた。しかし、次に聞こえてきたのはくぐもった人の声だった。

 「おい! 誰かいるのか? ここから出してくれ。扉が開かないんだ」

 どうしたことか声は下から聞こえてきた。声の出所を探るとひっくり返ったテーブルの下から聞こえてくるようだった。急いで横にどかすとそこの床には四角い扉が設えてあった。

 突然、勢いよく扉が持ち上がった。その次にはそこから埃をまとって人の頭が飛び出てきた。見れば頭の大半を白髪に覆われ白い口ひげも口元に蓄えた初老の男性が咳き込みながら床下から抜け出してきた。

 「ゴホゴホッ。さっきまでいた化け物どもはどこへ行ったんだ? まさかお前さんたちが追っ払ってくれたんか?」

 「おうっ、あんな奴らは俺らの手にかかれば造作もないってもんよ! しっかし、じいさんもよく無事だったな?」

 「初対面で人のことをじじい呼ばわりするな! これでも現役の木こりを続けとるんだからな。他の若いもんはあの化け物どもにやられちまったようだが、ワシはこの小屋を作った一人だからな。この床下収納のことも知っていてどうにか隠れおおせたから助かった。まさか自分をしまう羽目になるとは作っていたときは思いもしなかったがな。おっ、そこにいるのは女神様かい?」

 呼ばれた女神がおずおずと木こりの前に進んできた。村人との一件があったので気持ちがすくんでいるのが見てわかる。

 「あの……村では色々とご迷惑をおかけしました」

 「ん? なんのことかな?」

 木こりに村であったことを話した。すると彼は声に出して笑って答えた。

 「ああ、そんなことは気にする必要はないぞ。村の奴らも影で人の悪口を言ったり、平気で嘘をついたりでひどいもんだった。この前なんざ、オオカミが来たと騒いで嘘をついた坊主をあんたが吊してくれたおかげで人様に迷惑かけっぱなしだった坊主が大人しくなったからな。こっちが礼を言いたいぐらいだよ。……ん、その手に持っている斧は?」

 「この斧ですか? 実は私はこの斧の持ち主を探しているのです」

 女神がこの斧を持つことになった経緯を木こりに語った。その間彼は眉間にしわを寄せて険しい顔を作っていた。この斧の持ち主に何か事情があるらしい。

 「ワシは木こりたちが持つ斧の特徴をよく覚えている。飼い犬が飼い主の性格によく似ると言われるように斧にも持ち主の性格が宿っているからな。その手入れの行き届いた真面目さが滲み出たような斧の持ち主ももちろん知っている。そいつはこの場にも居たが化け物どもに襲われず無事だろうな」

 「本当ですか! しかしなぜ無事であると……?」

 「うむ……、なぜならそいつがあの化け物どもを呼び出した張本人だからだ」

 開いた口がふさがらなかった。

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