第2話 女神と村人たち

 「それでその斧の持ち主である木こりを探したいんですね?」

 エクスたちはヴィランとの戦いが済んだ後、近くの村に向かいつつ女神の話を聞いていた。

 「落とした斧を渡して差し上げようとしたところ、忽然と姿を消してしまったのです……。金の斧や銀の斧に目を眩ませなかった良き若者だったのですが……」

 彼女は大切そうにその若者が持っていたという斧を両手に抱えていた。しかし、エクスはさっきまで彼女がその大切な斧でヴィランたちを相手に大立ち回りをしていたのを思い出して苦笑した。出会ってそれほどの時間は経っていないが、何から何までその言動は無茶苦茶なような気さえした。

 歩いている一行の中でただ一人考え込むように少し顔を傾けて伸ばした人差し指で頬杖をついていたレイナがう~んと一息唸らせた。彼女は「カオステラー」と呼ばれる存在によって書き換えられた想区を元の状態に戻せる「調律の巫女」であった。エクスたちはそのカオステラーから想区を守るために旅を続けていたのだった。元はといえば素材探しにこの想区へ来たようなものだったが、今エクスたちは元の旅の目的に戻っていた。

 「この想区へ来たときには全く気配を感じなかったけど、今になってあの陰鬱な気配を感じ取れるようになったわね……」

 「物に目が眩んでいたせいで気づかなかっただけってことはねぇのか?」

 「失敬な! 一応これでもカオステラーの気配にはいつも気を配っているつもりよ。いつもなら想区に来た時点でカオステラーが蠢いている嫌な空気が漂っているのに、後になってから姿を見せるなんて珍しい事態ね。ところで女神さん。村にはいつになったら着くのかしら。かれこれ一時間くらい歩いていると思うんだけど……」

 「もうすぐ見えますよ。一時間なんてちょっとそこまでと変わりませんよ」

 「田舎の近いほど当てにならないものはないわね……」

 レイナが小声で毒づいているのを聞いて内心冷やりとした。また、タオと同じ目に遭わせられるかもしれないと思ったためだ。しかし、女神は気づいていないのか悠然と歩みを止めずにいた。

 そこで何かに気づいたのかシェインの声が響いた。

 「おっ、向こうに家が見えますね。どうやら村に着いたようです」

 よく見ると木立の奥に木でできた家々と村の境目を表す柵が並んでいるのが見えた。ふと気になったことを女神に訊いてみた。

 「そういえば、村には何をしに来ていらっしゃるんですか?」

 「啓蒙活動……というと少し堅く聞こえてしまいますかね。泉にいても立ち寄る人数は限られていますから、積極的にこちらから出向いて人々に正しき行いについて教えを説いているのです」

 「啓蒙活動」という言葉の響きになぜか嫌な予感がしたが、村の中で人が歩いているのが見えてそちらに意識が向いた。歩いていたのは家の手伝いだろうか、水桶を両手に抱え込んだ男の子だった。一行が近づいていくと男の子も気づいたのか顔をこちらに向けた。

 「女神様が来たぞー!」

 突然男の子が叫んだかと思うと、水桶を放り出して村の奥に走り出した。エクスは訝しみながらまた訊いた。

 「ずいぶんと驚いていたように見えたのですが……」

 「ええ、いつもあのような歓迎の声を上げて出迎えてくださるのです」

 正直あれは歓迎していたというより「逃げ出した」という方が正しいような気がした。

 気づくと村の中から鐘の音が何度も打ち鳴らされて響いてくるのが聞こえてきた。

 「この鐘は火事とかの緊急事態が起こったときに鳴らす物じゃねぇのか?」

 タオが言うように仰々しい雰囲気があたりを包んでいる。すでに確信に近いが女神はこの村にとって「厄介者」であるようだった。

 「シェインが村の様子を見てきましょう」

 いつものように身軽なシェインが斥候役を買って出て村の中に走って行った。ものの数分で帰ってくると村の様子を報告してくれた。

 「人っ子一人いませんし、どこもかしこも家は閉めきって窓のカーテンまで閉じてます。まるで人の気配を殺そうとしているかのようですね」

 明らかに招かれざる物に対する応対だった。当の女神は自分が避けられていることを理解していないのか微笑みを崩さずにいる。

 レイナが少し悩んだ後に口を出した。

 「とにかく、村の中に入って話を聞いてくれる人がいないか探してみましょう」

 エクスたちは村の様子をうかがいながら村に入ってみたが、シェインが伝えてくれたように外を出歩く村人は一人もおらず物音一つ聞こえてこない有様で、まるでゴーストタウンを歩いているようだった。

 試しに一軒の家で戸に向かって話をかけてみたが一切の反応も返ってこなかった。これでは木こり探しどころではない。しかし、原因がどこにあるのかはわかってはいる。少しためらいつつも女神に恐る恐る尋ねた。

 「ここの村人たちと何かあったのですか?」

 「先ほども申しましたとおり村の方々へ教えを説いて回っていました。人々の話を聞き、邪心が宿っているとみればその者を正すこともしました」

 「正す」というのはつまり……、急に逆さ吊りのタオの姿が脳裏に呼び起こされた。

 どう考えても女神と一緒にいる以上村人たちが姿を現すことはないと思える。やはりここは一度出直した方が良いと考えた時だった。

 「ひいぃぃぃぃっ」

 突然男の叫び声がエクスたちに聞こえてきた。

 「どうやら"逃げ遅れた"村人がいるようですよ」

 こともなげにシェインが言った。シェインが見ている先を視線で追うと、そこには村人らしき男性が必死の形相で走っているのが確認できた。

 しかし、女神から隠れるのに失敗しただけにしては焦り方が尋常ではなかった。その理由は男性の後ろを飛び跳ねるように追いすがる複数の黒い姿を見て理解した。

 「ヴィラン!」

 すぐにエクスたちは村人とヴィランを追いかけた。そうしている間にもコネクトのために栞の準備をしていく。

 男性とヴィランたちの距離が縮まっているのを見て、タオが自分たちへ注意を引きつけるために声を張り上げた。

 「おいヴィランども! お前らの相手はこのタオ様がしてやるよ!」

 この声を聞いてようやくヴィランがエクスたちに気づいて立ち止まった。

 「村の人々への横暴な振る舞いは断じて許しません!」

 女神がエクスたちを追い抜いてヴィランに飛びかかっていった。またしてもエクスたちが戦うよりも前に率先して敵に刃を向けている。後れを取るわけにはいかずエクスたちは慌ててコネクトをしていった。


 「助かりましたぁ。もう少しで家にたどり着くってところであんな化け物どもに襲われてしまって、どうお礼を言って良いのやら……」

 ヴィランらを蹴散らしたエクスたちはへたり込んでいた村人を助け起こした。へとへとになりながらも安堵の表情を浮かべている。

 再び大立ち回りを演じた女神が村人の後ろから声をかけた。

 「当然のことをしたまでですよ」

 その声を聞いて村人は勢いよく振り向いた。女神の姿を見てそれまでの安心しきった顔から一転、緊張を走らせた顔をしている。やはり女神と村人たちとの間にはのっぴきならない事情があるのだろう。

 「僕たちやこの女神様は木こりを探しにここへやってきたのですが、みんな家の中に閉じこもってしまって困っていたんです。一体何があったんですか?」

 しまったと訊いた後になってエクスは思った。「本人」が目の前にいる状況では何も語ってはくれはしないだろう。

 「いや……その……、私はここの村の人間ではないものでして、そう聞かれましても何のことだかさっぱり……」

 案の定、村人と思わしき人はわかりやすいまでに素知らぬふりをし始めた。しかし、それを聞いてシェインがすぐさまに突っ込みを入れた。

 「先ほどあなたは助けられた直後に"家にたどり着くところで"襲われたとおっしゃっていましたが、この村にあなたの家があるのでは? あれは嘘なんですか?」

 そう言われて村人は目を見開いて狼狽した。

 そこへこのやりとりを聞いていた女神が口を差し入れた。

 「……嘘? こともあろうに私の目の前で嘘を?」

 険しい顔色を浮かべて女神が迫ってきた。やはりこの人は「嘘」に対して人一番敏感な性格なのだろう、今この瞬間にも村人に手を下さんとする剣幕だった。

 突如、村人は地に頭を伏せて女神に許しを請う姿になった。

 「すすすすすみませんでしたあ! 思わず嘘をついてしまいました! お願いですから吊すのだけはやめてください!」

 懇願する村人を見てさすがに気の毒に思えた。

 「僕たちは別にあなたの嘘を糾弾したいわけじゃありません。なぜ皆さんが女神様を避けているのか理由を話してくれませんか? 僕たちが付いていますので」

 観念したのか村人は理由を話し始めた。

 曰く、最初は村人たちも女神を受け入れていたようだった。しかし、ちょっとした冗談や勘違いでも口にしてしまったら最後、女神はそれを許さず木や軒先に村人を吊してしまった。それを見た村人たちは彼女を恐れて避けるようになってしまったらしい。

 ある村人は女神様の運命の書には「正直者には祝福を、そうでない者は逆さ吊りの刑に処す」と書いてあるのではないかと噂するほどだったという。

 やはりとは思ったが、すべては女神の行き過ぎた悪事への潔癖症が招いた事態であることがわかった。

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