第34話 漆黒の調理書

 アンヌ=マリーさんを加えた食卓は、いつもよりも、やかましい、もとい、騒がしい、もとい、うるさい__もとい、にぎやかだった。


 アンヌ=マリーさんは、大酒飲みだ。

シェリー酒に、キールに、ワインに、アルコールの類が瞬く間に消えてゆく。問題なのは、彼女単体ではなく、つられて男連中が酒を消費してゆく、そのペースだった。


 こんなときだけ結託しやがって。


 さて。

 メインの料理も片付いたところで、食後の甘い物デセールに取り掛かるとしよう。

 厨房から大皿に乗ったケーキを持ってきて、ナイフで均等に切り分ける。そして、小皿に取り分けたら、各人の前に提供サーブしてやる。

 今日の私は、機嫌がよかった。ここ数日、悪戦苦闘していたオーブンを、ようやく、使いこなせたからだ。

 もし、このまま、使えないままだったら、瑕疵担保責任を追及して、契約解除、つまり、返品してやろうかと画策していたのだ。

 ついでに、代金支払い債務も踏み倒し__もとい、免れるために、なんとか危険負担をアッチに負わせるために、図書館に通い、この国の法律の本やら判例を読み耽っていたのは内緒だ。


「皆さん。ご堪能下さい。チョコレートケーキガトー・オ・ショコラです」


 今日は、質のいいチョコレートが手に入ったので、早速、使わせてもらった。


 作り方は、次の通りで、チョコレートを包丁で細かく削った後、湯煎で溶かす。チョコレートが溶けたら、バターを入れてなめらかになるまで混ぜる。

 別のボウルには、卵白と分離した卵黄に、グラニュー糖を入れ、白っぽくなるまで混ぜる。

 そこに、溶かしたチョコレートとオレンジ・キュラソーを入れ混ぜ合わせる。

 さらに、ふるいにかけた薄力粉とココアパウダー、しっかり泡立てた卵白を次々に加えて、特に卵白は泡を潰さないように、さっくりとすばやく混ぜる。

 こうして、生地が出来たら、型に流し入れ、予め熱しておいたオーブンで約三十分から四十分焼く。

 食事が終わる頃には、ケーキは完全に冷めているので、型から外し、粉糖をかけて、食堂へ持ってきたのだ。


「うん。素晴らしい。甘味と苦味のバランスが絶妙だ」

 王子。楽しんでいただけて何よりです。

「お!オレンジ・キュラソーを加えてあるね。あたし、この香り、堪らないね」

 アンヌ=マリーさん。嗅覚の鋭敏さに感心します。

「美味しいです。チョコレートとオレンジの香りって合うんですね」

 ファルマはいつも美味しそうに食べてくれるから、嬉しいよ。

「味の満漢全席やーーーー」

 ゴリム隊長…。語彙力。


 私も出来栄えが気になるので、ケーキを啄んでみた。ゲンナイさんのオーブンは、私の期待を上回る働きをしてくれた。生地の中まで、均一に熱を通してくれるので、焼きムラが少ない。

 改めて、ゲンナイさんが腕のいい技師であることを再確認した。


「お腹も膨れたところで、昔話でもしようかね。ゴリムの話をさ」

 アンヌ=マリーさんは、思い出を懐かしむように、紅茶を啜る。

「アンヌ=マリーとゴリム隊長は、古くからのお知り合いなのですか」

 私は尋ねる。

「同期の桜ってヤツ?同じ時期に料理番になったし、同じ小隊にいたこともあったね」

「そうだな。第八厨房小隊の頃が一番長かったか」

「おう。セロニアスのおやっさんにしごかれたな」

「あのときは、スゲエ、キツかったな」

「やめたくなったよな」

「毎日、酒を飲んで」

「酔っぱらった勢いで」

 あら。随分、仲のよろしいことで。

「グフフ。もしかして、お二人は男女の中だった?肉体関係を持っちゃった?」

 下世話が過ぎますよ、テッツォさん。

「馬鹿野郎。俺が同僚に色目を使うか!」


……。


「「え?!」」


 全員が一斉にゴリム隊長に視線を注ぐ。

 隊長、私に色目を使っていますよね?


「まあ、こいつとは何にもなかったことだけは本当だ。そもそも、こいつがモテそうに見えるか?」

「あ、そっかー」

「そういうこったよ」

「ちょ!おい!」

「酔っぱらった勢いで、テロリストを一個、壊滅させたことはあったけどな」

「若気の至りということだな」 

 ん?今、凄いことを言ったよ。誰も突っ込みしないの?

「家の押入れを漁っていたら、機密文書を発見したんだ」


 アンヌ=マリーさんは、黄ばんだ羊皮紙を取り出した。

 なにやら言葉が記されている。


『ミノタウルスの赤き血肉よ。我が漆黒の刃をもってこれを断ち切らん。肉体はやがて無数の欠片となり、橄欖かんらんの蜜、アリアドネの毬、忍辱の鱗茎、海の涙、風蝶木ふうちょうぼくつぼみ、天国の種子、猛禽の胚と供に供物と為れ』


「マリ姐、なんすか、これ?」

「暗号みたいだね」

「古代魔術の呪文?」


 皆が盛り上がる中、ゴリム隊長だけは顔を赤くして俯いている。


 あっ…(察し)。


「これ、タルタルステーキの調理法だと思うんですが」


 私は名推理を披露した。

 ミノタウロスが牛で赤だから赤身肉。

 橄欖の蜜がオリーブオイルで、風蝶木の蕾がケッパーで…アリアドネの毬ってなんだよ。タマネギなの?


「あ、そっかー」

「言われてみるとそんな風に読めなくはないかな」

「でも、間怠まだるっこしいッスよね。誰すかね、こんな中二病…あっ」


 ゴリム隊長は、悶絶していた。

 謎はすべて解けた。


「これ、ゴリムが書いたもんなんだぜ」


 大草原不可避!

 全員がわなわなと体を震わせている。きっと頭の中で、天使と悪魔が葛藤しているのだろう。

 「忘れてあげなさい。可愛そうでしょう」__と天使の戒めと。

 「笑いたきゃ笑おうぜ。我慢は体によくねえよ」__悪魔の囁きと。

 だが、均衡は打ち破られた。


「クスッ。可笑しいですよね。でも、これじゃ、


 ファルマ!?


 その一言がトリガーとなって、大爆笑の嵐をこの場に引き起こした。


 誰が上手いことを言えと…。

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