第2話 港町の小料理店

「三番テーブルの方、お待ちどう!」

「おい、誰か、調理場のヘルプ頼む!」

「洗い物たまってんぞ!」


 昼時の調理はさながら戦場のようである。

 客は海の荒くれ者たちが大半を占める。彼らは一言でいうなら、大食漢だ。

 成人男性でも完食するのに時間がかかるであろう、マグロのカツレツを、瞬時に平らげる。そんな連中が一人や二人どころの騒ぎではない。例えるなら、象の大群か台風か、騒がしい何かを想像してもらいたい。


 私は喧騒にも慌てず、冷静に、自分の作業を淡々とこなしていた。

 新鮮な鰯を瞬時に三枚下ろしにし、丁寧に身を包丁で叩き、ミンチにする。香辛料や香草を混ぜ、小判の形に成型して、フライパンで油を引いて焼く。


「鰯のつみれクネル、出来上がり。あっちのお客さんにお出しして」


 私にとって、厨房の忙しさは慣れている。何よりも、体が作業を覚えている。一つの料理が終わると、すでに体は別の作業に取り掛かっている。


「ういっす!姉御!」


 フロアスタッフもコックも、海の男とやりあうのにふさわしい、粗雑な連中だったが、私は彼らを率いる立場にあった。

 私が港町の小料理店で働くことになったか、時計の針を少しだけ戻して説明が必要であろう。


◆◆◆


「ここじゃ」

 ドヤ婆に連れられて、やってきたのは、小さな店だった。大分、年季の入った外観だと思った。

「どこですか?」

「中へ入るぞ」

 私の質問に答える様子もなく、引き戸を開いて、私を店の中へ引きずり込んだ。

「あら。お早いですね」

「店はもう開けておるか?」

「ええ。大丈夫です」

 店内を掃除していた女性が声をかけてきた。ここでは、ドヤ婆は常連に当たることが会話のやり取りだから、読み取ることができた。

「メニューは、いかがなさいます?」

「そうじゃな、お任せで頼もうか」

「はい。そちらの可愛いお客様は?」

 一瞬。誰のことかわからなかった。ドヤ婆は端から数に入れないとして、残る人間である私が必然的に、その対象者になる。

「今、失礼なことを考えんかったかの?」

「それは気のせいです」

 なんとも、直感の鋭い婆様だこと。

「こやつにも同じものを頼む」

「畏まりました」

 そう言って、その女性は厨房へ向かっていった。その後姿を見て、肉付きのいいお尻だなとしばらく、眺めていた。

「あの子はシェリルと言ってな、若いながら、この店を切り盛りしているんじゃ。親父さんが腕のいいコックだったんじゃが、親父さんの残した、この食堂を頑なに守っておるんじゃ」

「お亡くなりになったのですか。可哀想ですね」

「いや。あの子の親父さんは存命じゃぞ」

「はい?」

「一年くらい前に、海賊になるとか言ってこの国を飛び出したんじゃ」

「あの、海賊って、普通に国際法で取締りの対象なのですが」

「海賊は海賊でも宇宙海賊になるんじゃと。外国の天文学者のところへ向かったそうじゃ」

 スケールが大きすぎ。

「お待たせしました。先ずはこちらをどうぞ」

 シェリルさんが大きな平皿に乗せて、差し出されたのは、生牡蠣だった。

「こちらを絞って、お召し上がりください」

 更には、緑色の果物が添えてある。

「すだちといって、柑橘類シトラスの一種です。香りが爽やかなので、とても、牡蠣に合うんです」

 シェリルさんの言葉は本当だった。というか、この牡蠣が新鮮で生臭みもほとんどなく、とても美味しい。

「ここは、港町じゃ。新鮮な魚介類が手に入る。そして、ここでは、その魚や貝類を素材に旨い料理を出すからな。ワシは贔屓にしておるよ」

 ドヤ婆の言った通りで、ここの料理は確かに美味しかった。鯵をタルタルステーキのようにした前菜に、海老とムール貝を使ったパエリヤなど。

 しかし、私の反応を見て、しきりにドヤ顔を連発するドヤ婆には腹が立った。

「お口に合いましたか?」

「はい。海の幸を堪能できました」

「シェリルや。お前さんのとこ、大変なんじゃろ」

「はい。娘が熱を出してしまって。看病もしてあげたいですが、お店もコックさんが欠員が出まして」

 なにやら深刻な事情があるようだ。

「そこでじゃ、この子を臨時で雇ってみないかね」

「はい?」

 話の急展開に私は脳処理が追いつかず、間の抜けた返事を返すだけだった。

「お前さん、家がないのじゃろ?ここで少しの間、泊めてもらう代わりに、働いてみないかね」 

 偉大なる老齢聖職者オールド・セイントは、偉大なる職業斡旋業者でもあった。


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